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混乱必至のスカイマークと大手の提携

経営の主導権握れぬ西久保社長

2014年12月17日(水)

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 スカイマークは11月、日本航空(JAL)に対して経営支援を要請した。旅客や貨物分野でのコードシェア(共同運航)について両社で検討を始めた。これはあくまでも、座席販売のパートナーとしての話し合いだ。JAL側に資本参加の意図はなく、スカイマーク側にとっても、経営の独立性維持を第一に掲げている。

経営危機に直面するスカイマーク(撮影:吉川 忠行、ほかも同じ)

 ところが、このJALとスカイマークの提携について官邸が難色を示した。そこでスカイマークは12月から、JAL単独での支援ではなく、全日本空輸(ANA)とのコードシェアの可能性についても協議を始めている。当初、スカイマークの西久保愼一社長は、2015年2月にもJALとのコードシェアを始めたい意向だったが、調整に手間取れば、2015年春以降の実現になる見通しだ。

 経営難に陥ったスカイマークは、なぜ資本参加ではなくコードシェアにこだわるのか。またなぜ当初、JALとの提携を考えたのか。

スカイマークとANA、JALの関係は?

 スカイマークはこれまで、ANAやJALとどのような結びつきがあったのか。

 国の規制緩和で参入した「新規航空会社」と呼ばれる中堅航空会社のうち、現在も残っているのは、最古参のスカイマークのほかに、北海道が拠点のエア・ドゥ、宮崎を地盤にするスカイネットアジア航空(ブランド名はソラシド エア)、北九州のスターフライヤーという4社。スカイマーク以外の新規3社はANAの出資や支援を受けて、コードシェアを実施するほか、ANA側から役員なども受け入れている。

歴史的に見ると、スカイマークとANA、JALはそれぞれ一定の関係があった

 歴史的な経緯を見ると、スカイマークは必ずしもJALと密接な関係にあったわけではない。

 そもそも会社が設立した翌年の1997年7月、技術指導などの契約を結んだのはANAだった。2000年9月に空港のグランドハンドリングや整備を自前でこなすようになって、ANAとスカイマークの関係は疎遠になる。

 JALとは2005年4月、前月に運航を始めた羽田~関西線でコードシェアを実施。しかし、翌年3月末には運休。JALの経営破綻後の2010年12月には、JALの退職者を大量採用したが、これは前月にスカイマークがエアバスと総2階建ての超大型機「A380」の導入の基本合意を締結したため。人材確保以上の意味はなかった。

 羽田空港の国内線ターミナルは第1と第2に分かれており、JALとスカイマークが第1を、ANA系(ANA本体と、ANAとコードシェアを実施するエア・ドゥ、スカイネットアジア航空、スターフライヤー)が第2ターミナルを使っている(ただしスターフライヤーは北九州行きのみ第1を使う)。

 今回スカイマークがJALへ提携を持ちかけた理由の中には、かつてコードシェアを実施していたことや、同じターミナル内の隣接する場所にカウンターを構えているといった実務的なものもある。

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「混乱必至のスカイマークと大手の提携」の著者

吉川 忠行

吉川 忠行(よしかわ・ただゆき)

Aviation Wire編集長

ライブドアで同業初の独自取材部門「ニュースセンター」立ち上げに参画。ライブドア事件も内側から報じる。退職後はAFP通信社等で取材を続け、2012年2月Aviation Wire創刊。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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