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衰退する旅館、成長するRYOKAN

まちと宿の共生が世界から人を呼び寄せる

2014年12月19日(金)

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江戸の長屋暮らしが残る谷根千の宿

澤の屋旅館(東京都台東区谷中)

 澤の屋旅館は1949年創業、東京都台東区にある客室数わずか12室の日本旅館です。家族経営の小さな宿が外国人客の受け入れを決意したのは1982年。そこから33年、これまで88の国や地域から延べ16万人の外国人客を受け入れてきました。

 現在、宿泊者の9割がFIT客。うち3割がリピーター、客室稼働率は9割を超えます。施設も設備も特別なものがあるわけではありません。他の平均的な宿と比べれば、条件的には劣っている面もあるかもしれません。にもかかわらずここには毎日7~8の国や地域から人々がやってきます。1泊だけの人もいますが、約6割が2~4泊し、平均泊数は3.3泊、中には1カ月滞在する人もいます。

 東京五輪招致決定以降、新たな宿が続々生まれていますが、澤の屋の人気は衰えず、旅行の口コミサイト「トリップアドバイザー」が選ぶ『外国人に人気の日本の旅館2014』でも京都の料理旅館白梅に次いで第2位に選ばれました。

食堂のコーヒー・紅茶、パソコンやインターネット、Wi-Fi接続、コインランドリー、アイロンなどが無料で利用できるほか、レンタサイクル(300円)提供も行っている

 澤の屋を選ぶ理由を尋ねると、多くの人が「日本様式の宿に泊まりたいから」と答えます。こうしたニーズがある一方、旅館の数は平成元年から四半世紀で約56.1%減少(下の表)。近年は、年に1300~1500軒が倒産や廃業等で消えています。このままのペースで減少すれば、10年後には3万軒を切る恐れもあります。

旅館ホテルの市場規模と施設数の推移
出典:日本生産性本部「レジャー白書2014」、厚労省「衛生行政報告例」(平成25年度)

 旅館における外国人客の受け入れは、ほかの宿泊施設に比べて圧倒的に消極的です。そこには様々な懸念材料があります。小規模な宿では施設や設備、外国語、食事やサービスへの不安。老舗温泉旅館等では外国人客のマナーの問題や、外国人客が増えることによる日本人の客離れへの懸念も少なくありません。

 しかし、こうしている今も日本のあちこちで旅館は消えていっています。その中でもし外国人を受け入れることで再生できる宿や地域があるなら、それを活かし守っていきたいものです。ではそのために宿はまず何をすれば良いのか。国や地域はそれをどう手助けし、後押しすればいいのか。今回はその答えを求めて澤の屋を訪ねてみました。

宿泊客が3日間ゼロで外国人客受け入れを決意

 ずっと日本人客だけを相手にしてきた宿が外国人客の受け入れに踏み切るにはやはり相当の決意と覚悟が必要です。澤の屋もそこに至るまでには多くの逡巡がありました。

 澤の屋は開業から20年ほどは経営も順調で、施設も2度増築しました。しかし1970年の大阪万博の後、修学旅行が激減。客は次第に設備の整ったホテルに流れ、経営は徐々に悪化していきました。一時は電話代を滞納するまで追い込まれたといいます。

 その頃、小規模旅館が連携して外国人旅行客向けに宣伝活動を行う「ジャパニーズ・イン・グループ」の創立者、新宿のやしま旅館の矢島さんから外国人客の受け入れを勧められました。しかし言葉の問題や、客室が和室のみでバストイレ付きの部屋が2つしかないなどの理由で1年間は踏み切れませんでした。

 決意するきっかけは1982年の夏、3日連続して宿泊客がゼロになったことです。廃業の可能性も考えるほど追い込まれてようやく意を決し、澤さん夫婦はやしま旅館を訪ねました。するとやしま旅館も12室の和室のみ、バストイレ付きは2室と澤の屋と全く同じ。それでも宿は外国人客であふれていました。不安視していた言葉の問題も、矢島さんが澤さんにも分かる簡単な英語を使っているのを見て、これなら自分たちにもできるかもしれないと思ったそうです。

 澤さんはジャパニーズ・イン・グループに加入、すぐに外国人客の受け入れを開始しました。「よし、始めよう」と思った時、手助けし、後押ししてくれたのがジャパニーズ・イン・グループの存在でした。当時はインターネットもなく、今のように国を挙げた訪日誘致活動もありませんでした。初年度の受け入れは230人でしたが、グループのパンフレットに情報が掲載された次の年には年間3000人を超える外国人客が澤の屋を利用しました。

コメント2件コメント/レビュー

学生時代(90年代)日本の田舎の奥の方までバイクでツーリングをし、各地の旅館やゲストハウスに泊まった記憶がよみがえってきました。「こんなところに外国のツーリストが泊まれたら、どんなに喜び、好奇心いっぱいに、日本情緒を楽しんでくれることだろう」と何度思ったことか。当時はインバウンドなどという言葉もほとんど使われておらず、外国人旅行者はまだまだ極少数。バックパッカーを除けば、そうした日本情緒あふれる田舎の宿に泊まる外国人もほとんどいませんでした。旅館(あるいは日本的な民宿)が滅びゆくのを防ぎ、ぜひ外国の人たちに日本情緒を満喫してもらいたいものです。(2014/12/19)

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「衰退する旅館、成長するRYOKAN」の著者

水津 陽子

水津 陽子(すいづ・ようこ)

合同会社フォーティR&C代表

経営コンサルタント。合同会社フォーティR&C代表。地域資源を活かした観光や地域ブランドづくり、地域活性化・まちづくりに関する講演、コンサルティング、調査研究、執筆等を行っている。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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学生時代(90年代)日本の田舎の奥の方までバイクでツーリングをし、各地の旅館やゲストハウスに泊まった記憶がよみがえってきました。「こんなところに外国のツーリストが泊まれたら、どんなに喜び、好奇心いっぱいに、日本情緒を楽しんでくれることだろう」と何度思ったことか。当時はインバウンドなどという言葉もほとんど使われておらず、外国人旅行者はまだまだ極少数。バックパッカーを除けば、そうした日本情緒あふれる田舎の宿に泊まる外国人もほとんどいませんでした。旅館(あるいは日本的な民宿)が滅びゆくのを防ぎ、ぜひ外国の人たちに日本情緒を満喫してもらいたいものです。(2014/12/19)

それは日本人も望んでおます。高齢化して椅子でないと暮らせない。夕食もどこの旅館でも同じ様、無/有リクエストにしてほしい。朝だって早すぎるし、雨戸がなくゆっくり寝てられない。リゾートでなく”旅籠”ですよ。欲を言えば、晩御飯だけ食べる”割烹”でもあってほしい。(2014/12/19)

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