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『幸福の黄色いハンカチ』 炭鉱の町の汽笛

  • 二村 高史

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2015年1月15日(木)

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 『幸福の黄色いハンカチ』は、当時、一世を風靡した映画でした。もちろん主役は健さんなのですが、全編を通して見ると、夕張という町が主役のような気がしてきます。すでに炭鉱は次々に縮小・閉山されていましたが、バックに映る夕張の商店街はまだまだ活気があって、じつに魅力的です。

 一方、1970年にはじまったディスカバー・ジャパンのキャンペーンによって国鉄を利用した自由な旅行が定着し、とくに夏の北海道には大勢の若者が押しかけていました。脇役の武田鉄矢や桃井かおりには、よくも悪くもそんな時代の若者の姿が投影されて、懐かしく感じられます。

 この映画が公開されたのは1977年です。今回刊行した『鉄道黄金時代 1970's ディスカバー・ジャパン・メモリーズ』には、私が最初に北海道を訪れた1975年、2回目の1976年の写真を多数収録しましたが、そのころはちょうど映画のロケをしていた時期と重なるかもしれません。

 このコラム最終回の今回は、最後の賑わいを見せていた夕張を中心に紹介することにしましょう。

汽笛と線路だけが登場した国鉄夕張線

 この映画には、駅や線路は登場するのですが、鉄道車両はほとんど登場しません。数少ない例外は、網走の駅付近を走る旧型客車、新得駅付近を走るディーゼルカーのキハ22、そして札幌市電くらいでしょうか。

 夕張では車両は登場せず、回想シーンで健さんと光枝(倍賞千恵子)がスーパーで出会う場面で汽笛が聞こえるのと、最後近くのシーンで欽也(武田鉄矢)の運転する車が何度か踏切を渡る場面だけでした。

 スーパーのシーンでは、店内に大阪万博のシンボルマークを描いた小旗が飾られていることから、1970年かその前年あたりをイメージしているとわかります。

 当時の国鉄夕張線は、室蘭本線の追分と夕張を結ぶ40キロあまりの路線で、石炭を満載した長編成の貨物列車が頻繁に運転されていました。終点の夕張駅はもちろん、途中駅の鹿ノ谷、清水沢、沼ノ沢の各駅でも、運炭用に敷かれた私鉄や専用鉄道と接続していて、広い駅構内は乗客や石炭で賑わっていたものです。

南清水沢付近を走るD51牽引の運炭列車

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滅多に見ることのできなかったD60。アングルが惜しい。(2015/01/15)

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