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古森重隆の「アナログの妙味」

「多角化の種」は足元にある(3回目)

  • 日経ビジネス編集部

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2015年1月21日(水)

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 長らく続いたデフレからの脱却とともに、円高から円安へ、原油高から原油安へと、経済環境ではパラダイム転換が起こりつつある。さらに企業経営へと目を向ければ、「IoT(Internet of Things=モノのインターネット)」をキーワードに、「第4次産業革命」の波が押し寄せている。

 こうした大転換期には、過去の慣習や成功体験に捉われず、事業や企業文化を大胆に変革することが求められる。とはいえ、実際の変革には痛みを伴うことも少なくない。リーダーの覚悟や、現場の当事者意識が重要になる。事業構造改革、グローバル化の進展、新技術開発など、様々な分野で会社の変革を促し、成果を挙げてきた経営者たちが“講師”となって、経営論を語る。

(2013年3月18日号より)

大胆な多角化の背景には写真フィルムで磨いた数々の技術があった。ナノ化技術は化粧品で花開き、薄膜塗布技術はフィルム事業に結実した。製造業を救うのは、長年培ったアナログ的な技術やノウハウと説く。

古森 重隆(こもり・しげたか)氏
1939年、旧満州国生まれ。63年東京大学経済学部卒業、富士写真フイルムに入社。2003年6月に代表取締役CEO(最高経営責任者)に就任、写真フィルムに依存した事業構造の大転換を進めた。(写真:村田 和聡)

 2012年1月、米イーストマン・コダックがチャプターイレブン(米国連邦破産法第11条)の適用を申請しました。ある一時期まで、コダックの背中を追いかけていただけに、チャプターイレブンの報を聞いた時は感慨深いものがありました。

 富士写真フイルム(現富士フイルムホールディングス)が創業したのは1934年のことです。あの当時、外国から技術を導入して会社を立ち上げるのが一般的でしたが、それができなかったため、富士フイルムは必死になって技術を自社開発しました*1

*1=富士写真フイルムの前身である大日本セルロイドは、セルロイドの新たな需要先として、写真や映画用フィルムへの進出を考え、コダックに技術提携を申し入れた。だが、コダックの拒否回答を受けて自力開発を決意、「フィルム事業自立計画」に基づき、技術開発を進めた。その後、大日本セルロイドの写真フィルム部が分離独立して富士写真フイルムが誕生した。1934年のことだ。

 私が入社した頃は売上高で20倍近い差がありました。感光材料の主原料であるゼラチンや銀を取るために、コダックは牧場や銀鉱山を持っていたほど。カラーフィルムにしても、印刷製版のフィルムにしてもコダックの方が性能が良く、そんな会社に勝てるのかと入社時は思いました。

 写真フィルムは技術力がすべて。コダックに技術力で追いつかなければならない――。その危機感はいつも強く持っていたと思います。

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