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アップルは「怠けたデザイン」を許さない

躍進を支えたジョブズとアイブのデザイン主導

2015年1月26日(月)

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 スティーブ・ジョブズが復帰した当時、アップルは倒産の危機を脱したばかりの負け組だった。そのアップルがどのように企業体質を変えて、iPhoneやiPadなどで大躍進を遂げたのか――。

 スティーブ・ジョブズの功績ばかりに注目されることが多いが、私が日本語版の序文を記した『ジョナサン・アイブ』でも紹介されているとおり、アップルのデザインチームを率いるジョナサン・アイブの貢献は非常に大きい。今回は、ジョナサン・アイブとスティーブ・ジョブズの二人が、どのようにアップルの企業体質をデザイン主導へと大きく転換したのかを紹介しよう。

 デザイン思考の重要性に気づいても、なかなか企業やチームの体制を変えられずにいる人たちのヒントになれば幸いだ。アイブの洗練さを追求するデザインへの姿勢を書いた前回の記事とも少しかぶるが、まずはジョブズとアイブの最初の共同作業、初代iMacの話からだ。

真のデザイン経営ができたスティーブ・ジョブズ

 初代iMac発表直後の1998年、私はアップル社内でもっとも厚い秘密のベールに包まれたアップル社工業デザイン部門(IDg)を訪問して、ジョナサン・アイブにインタビューしたことがある。IDgはアップルの中枢ともいえる場所で、アップル社員でもほとんど足を踏み入れたことのない聖域。正面から取材を申し込んだら、まず話は通らない。ただ、私の運がよかったのは、WWDC(世界開発者会議)というイベントの基調講演の直後、ジョナサン・アイブ本人に取材を頼めたのだ。私自身が製品デザインに興味があり、アイブのことも既に知っていたので、声をかけて取材を頼んだところ、快く返事をしてくれ、広報の方にも手を回してくれた。

 1998年という年は、ジョブズがアップルに復帰した直後で、今のアップルほど厳しい情報統制が行われていなかった貴重な年。アイブのインタビュー記事は、今はなきアスキー社の「MACPOWER」誌1998年8月号に掲載された。

MACPOWER誌1998年8月号、著者によるジョナサン・アイブインタビュー記事からの写真(撮影:矢口和則)。当時、アップル本社から車で5分のところにあったIDgオフィスの正面玄関にて撮影。

 このインタビューの中で、私はおそらく世界中のどこの媒体よりも早く、初代iMacの碧色に「ボンダイ・ブルー」という名前をつけたと聞いた。この名前は、オーストラリア出身のデザイナーにちなんで、シドニーにあるボンダイ・ビーチから取ったそうだ。しかし、何らかの理由があって、インタビュー記事ではこの色名を書いていない。この記事では、アイブの下でデザインチームがどのように動いているか、iMacという製品はなぜこれほどデザイン主導で開発できたのかを記事にした。

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「アップルは「怠けたデザイン」を許さない」の著者

林 信行

林 信行(はやし・のぶゆき)

ジャーナリスト

テクノロジーが人々の暮らしぶりや社会をどう変えるかをテーマに取材をつづけるフリージャーナリスト。国内のテレビ、Web、新聞、雑誌に加え、米英西仏中韓など海外主要媒体でも日本のテクノロジー文化を伝える。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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