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「音楽の女神」よ、翼をください

熱き想いを込めて@教育芸術社(2)

2015年3月12日(木)

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 『翼をください』は、フォークグループ『赤い鳥』が1971年に発表した楽曲だ。それを音楽の教科書にいち早く掲載したのは、今回お話を伺っている教育芸術社だったそうだ。

スタジアム一体の歌声は、教科書から

左から今井康人部長、市川かおり社長、阿部美和子課長。前回に引き続き、音楽の教科書の奥深さをお聞きしていきます。(人物、教科書の写真:鈴木愛子、以下同)

「ヒットの落ち着いた70年代半ばに採用しました。当時、男子生徒があまり歌わない時代だったので、男の子がメロディを歌えるようにアレンジをして載せたところ、かなり授業での使用率が高くなりました」

 今井康人編集部長の解説に、S巻とY瀬が今にも歌い出しそうである。かくいうボクもそらんじている。

ちなみに『翼をください』はシングルレコードのB面曲で、A面は『竹田の子守唄』でしたが、若い人たちにはA面B面とかわかりませんかね…(しみじみ)。

「その『翼をください』は、ずっと教科書に載せ続けています。だから、かなり広い年代の方がこの曲を知っています。応援歌として使われるようになったのは、それも理由だと思います」

 1998年、サッカーの日本代表は初めてワールドカップに出場した。その出場権をかけて戦っていた1997年の最終予選で、スタジアムに詰めかけた日本チームのサポーターは声を合わせて『翼をください』を歌った。フランス大会を目指してなぜ『翼をください』だったのかはわからない。ただ、サポーターは、奥寺康彦世代(1952年生まれ)も三浦知良世代(1967年生まれ)も中田英寿世代(1977年生まれ)も本田圭佑世代(1986年生まれ)も『翼をください』を歌えた。彼らがそうやって一緒に歌える歌は、『翼をください』のほかは『君が代』くらいではないか。スタジアムに『翼をください』が響いたのは、教育芸術社のおかげなのかもしれない。

ワールドカップフランス大会のアジア最終予選、日本での4試合は国立競技場を青で埋め尽くして行われた。S巻はスタジアムで一喜一憂したらしいが、話が長そうなので詳しくは聞いていない。そんな国立も建て替え中、時の流れを感じますなあ。

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「「音楽の女神」よ、翼をください」の著者

成毛 眞

成毛 眞(なるけ・まこと)

成毛探偵社代表

1955年生まれ。書評サイトHONZ代表、インスパイア取締役ファウンダー、スルガ銀行社外取締役、早稲田大学ビジネススクール客員教授、元マイクロソフト社長。2014年、成毛探偵社代表に就任。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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