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危機のホンダ、「いい人」が新社長の理由

「チーム八郷」を支えるキーマンの横顔

2015年3月16日(月)

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 小型車「フィットハイブリッド」で異例の5回ものリコール。米国で社会問題へと拡大した、タカタのエアバッグ問題。円安で業績が好調の国内自動車業界にあってひとり業績下方修正。ホンダはここ1年半ほど、悪夢のような時期を過ごしてきた。

 ホンダは伊東孝紳社長の指揮の下、「6極体制」と銘打ったグローバル戦略と600万台という数値目標を掲げ、拡大路線を走ってきた。そのひずみがあらわれたとの指摘は多い。

 危機に直面する中でホンダが下した決断は、トップ交代だった。2月23日に実施した緊急記者会見で、6月に社長の伊東孝紳氏が退任し、常務の八郷隆弘氏が次期社長となる人事を発表している。

今年6月に、ホンダの8代目社長に就任予定の八郷隆弘(はちごう・たかひろ)氏(写真:的野弘路)

 果たして、ホンダは変わるのか。会見では、八郷氏の一挙手一投足に注目が集まった。だが、八郷氏は「革新的な商品や技術を生み出し、世界6極体制をさらに進化させたい」と述べるなど伊東路線を踏襲する無難な答えに終始し、集まった記者は「肩透かし」を食った形となった。

 八郷氏とは、一体いかなる人物か。グローバルで基幹車種となっている「CR-V」の2代目開発責任者を務めたほか、購買業務も担当した。米国、欧州、中国など海外経験も豊富だ。

 「いい人ですよ」。ホンダ社内や取引先企業、誰に聞いても最初に出てくるのはこの言葉だ。八郷氏の人柄の良さと人望の厚さは、折り紙つき。自ら「幅広い経験が強み」と述べるバランス型で、部品会社からは「はっちゃん」と親しまれる。強烈なリーダーシップで知られる歴代のホンダ社長とは明らかにタイプが異なり、ホンダ社長が必ず経験してきた技術開発会社、本田技術研究所(以下、研究所)社長の経験もない。

 グローバル化と拡大路線を推し進めてきた伊東社長は、最後に壁に直面した。危機的状況において、調整型の八郷氏をトップに据えた狙いはどこにあるのか。それは、八郷体制を支えるキーパーソンの顔ぶれから、浮き彫りになる。

コメント2件コメント/レビュー

日経ビジネス誌の見出しに「中国で好調のミニバン「ジェイド」、若者を狙い撃ち」とありますが、日本でこの手のミニバンのユーザー層は異なることが別のコラムで浮き彫りになったはず。そういうところにホンダの迷走の原因があるのではないでしょうか。(2015/03/16)

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「危機のホンダ、「いい人」が新社長の理由」の著者

広岡 延隆

広岡 延隆(ひろおか・のぶたか)

日経ビジネス記者

日経コンピュータ編集部、日本経済新聞産業部出向を経て2010年4月から日経ビジネス編集部。現在は自動車など製造業を担当している。これまでIT、電機、音楽・ゲーム、自動車、製薬産業などを取材してきた。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

日経ビジネス誌の見出しに「中国で好調のミニバン「ジェイド」、若者を狙い撃ち」とありますが、日本でこの手のミニバンのユーザー層は異なることが別のコラムで浮き彫りになったはず。そういうところにホンダの迷走の原因があるのではないでしょうか。(2015/03/16)

ホンダの軽自動車以外の国内販売は、もう、永久に戻らないでしょうね。国内100万台なんて、夢のまた夢。フィットのリコール問題にしても、まだ、まだ、反省が足りない。ようやく少しだけ本当の事が漏れ伝わってくるようになってきたが、社内で起きてきた真実をもっと認識すべきだ。新社長の体制は単なる伊東体制の院政だろう。(2015/03/16)

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後藤 忠治 セントラルスポーツ会長