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映画「子宮に沈める」が示すもの

監督が語る「見えないものを見る」価値

2015年4月2日(木)

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 「子宮に沈める」というタイトルの映画がある。2010年に大阪で起きた「二児遺棄事件」に着想を受け、2013年に制作されたものだ。

 当該の事件は、社会に衝撃を持って受け止められた。3歳と1歳の幼い子供を抱えるシングルマザーが、マンションの1室に2人のわが子を50日間にもわたって放置し、餓死させる。それは多くの人が、現代の日本で起きるとは想定もしていない事件だった。

 子供を置いて男性と出かけていき、その様子をウェブ上に公開するといった母親の行為は、批判という言葉では表せないほどの猛烈な反発に遭った。

 一方で、社会が要求する「よき母親」としての役割と、現実の生活とのギャップに追い詰められた彼女の境遇は、社会に重い課題も投げかけた。

 育児放棄による餓死という結果自体は異様そのものだったが、家族や周囲との人間関係にトラブルがあり、経済的にも困窮していたという事件の背景は、増加を続けるひとり親世帯が抱える深刻な問題に、光を当てることになった。

そこにないはずのカメラ

 ここで取り上げたい「子宮に沈める」という映画は、フィクションだ。事件を基に制作したことは確かだが、その後の捜査や報道、裁判で明らかになった事実に忠実に描かれているわけではない。むしろその事件を詳しく知る人からすれば、画面に登場する家庭の設定は事件に多少似ているが、全く違うものと受け止められるだろう。

 しかし、それは当然のことだ。監督の緒方貴臣氏が目指したのは、事件の「再現」や「足跡をたどる」ことではないからだ。

 元ジャーナリスト志望という緒方監督の経歴を聞くと、「ノンフィクション」の手法を取らなかったことを不思議に感じるかもしれない。だが監督は、もはや誰も見ることができなくなってしまったものを、少しでも社会が目にすることができるようにと、あえてフィクションで映像化する道を選んだ。

 全編を通じて、カメラはある1つの家庭の内側から出ない。出演者の表情もほとんど映らず、情景描写もほぼない。ただ淡々と、主に子供に近い視点からその家の中で何が起きたかが描かれていく。

映画「子宮に沈める」では、誰も見ることができなかった密室の中にいる子供の様子を描いた。©paranoidkitchen

 恐らく歩き始めたばかりの1歳の弟に、「ママ遅いね」と声を掛ける3歳の姉。哺乳瓶に粉ミルクを手づかみで入れ、水で溶いて飲ませようとする。母が残してくれた最後のチャーハンがなくなった後は、部屋に残ったゴミ袋を漁って残飯を食べ、幼い手で缶詰に包丁を突き立てて開けようとする。

 母親と3人で遊ぶ絵を描いて時間を過ごし、ただただ、待つ。動かなくなってしまった弟に、誕生日の歌を歌う。繰り返し、水だけを飲む。

 目を背けたくなるような情景が、静かに、だが見せつけるように、次々に画面に表れる。映画の長さは約1時間半。子役を使ってこんな映像が撮れるのか、と正直思った。

見えないはずのものを「見せる」

 これは、誰も目にすることがなかった光景だ。大阪二児遺棄事件の母親も、その周囲にいる人も、誰も。その密室の中にいたのは、餓死した2人の子供だけだった。その中で何があったのかを知ることは、もはや誰もできない。科学捜査で一部、推測できることはあるのかもしれないが、我々が知りたいことの多くには、たどり着けない。

 緒方監督は、フィクションという想像力でそれを「見よう」とした。生き残った母親や、その周囲の証言をどれだけ探っても、明らかにできるのはその密室の外部にあったものだけだ。取材報道という、記者である私が置かれた立場からはどうやっても提供できない情報を、緒方監督は社会に届けようとしたと言える。

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「映画「子宮に沈める」が示すもの」の著者

中川 雅之

中川 雅之(なかがわ・まさゆき)

日本経済新聞記者

2006年日本経済新聞社に入社。「消費産業部」で流通・サービス業の取材に携わる。12年から日経BPの日経ビジネス編集部に出向。15年4月から日本経済新聞企業報道部。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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