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「奇跡の技」を知ろうとするのは間違いでした

味の秘密は原点のなかに

2015年5月1日(金)

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 農業の取材をしていると、飛び抜けておいしい食材に出会うことがある。千葉県船橋市にある石井食品の本社前のマルシェで売っていたニンジンも、そのひとつ。砂糖も何も入れず、ミキサーにかけただけのジュースがとても甘く、苦みもえぐみもまったくなくて衝撃を受けた。(3月27日(「『引き算』と『味覚検査』を超えろ!」)

「就農して3年でいろんなことに気づく」と話す留守剛さん(千葉県八街市)

 このニンジンをつくっているのが、千葉県八街市の留守剛さん(50)だ。12ヘクタールの畑で約30種類の野菜をつくり、農協には頼らずに、スーパーや直売所などに直接販売している。

 農業は剛さんで三代目だ。とくに父親の代になって本格的に農業を始めていたが、剛さんは大学を出たあと就農せず、いったん製パン会社に就職。26歳のときに「一旗揚げたい」と思い、会社をやめて弁当店を開き、10年前に店を閉めて就農した。

 なぜ40歳で家を継ぎ、農業を始めることにしたのか。どうすれば、あんなおいしいニンジンをつくれるのか。「奇跡の味」の秘密を解き明かすべく、留守さんの畑を訪ねた。

「100個キャンセルオーケー」は精神的にきつかった

なぜ大学を出たあと、農業をやらなかったのですか。

 「当時は日本経済がバブルに入ったころかな。いまは考え方が多様化し、若い女性だって農業の世界に入ってくる。でも、そのころは百姓をやってもしょうがないっていう雰囲気があった。だから、よそ見したくなっちゃったんだ」

 「製パン会社に入ったけど、おやじの姿を見て育ったからかな、自分はサラリーマンには向いてないと思ってしまった。都会にはなじめないし、満員電車もしんどかった。それで、弁当店を開くことにした」

10年以上続けた弁当店を閉めたのはなぜですか。

 「相当苦労しましたよ。精神的にも体力的にもきつかった。『10個つくってちょうだい』って突然電話がかかってくる。『いまから間に合うだろうか』って思い、5分ごとに時計を見ながら仕事をする」

 「さすがに日曜日は休みにしていたけど、それでも『日曜日に10個お願い』って電話が来る。それどころか、『運動会があるから、100個用意して。雨なら中止。キャンセルでもいい?』って注文もある」

 「お客さんをとられたくはない。だから、『う~ん』ってうなったあと、『はいっ』答える。店が狭いので、朝早く来て準備するしかない。100個単位で、キャンセルオーケーでやるのは精神的にきつかった」

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「「奇跡の技」を知ろうとするのは間違いでした」の著者

吉田 忠則

吉田 忠則(よしだ・ただのり)

日本経済新聞社編集委員

1989年京大卒、同年日本経済新聞社入社。流通、農政、行政改革、保険会社、中国経済などの取材を経て2007年より現職。2003年に「生保予定利率下げ問題」の一連の報道で新聞協会賞受賞。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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