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だから私はサムスンを辞めた

日本人元社員がみたサムスンの「壁」

2015年5月11日(月)

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 日経ビジネス5月11日号の特集では、大転換期にある韓国経済を取り上げた。その代表格であるサムスンで3月、複数の日本人社員が退社した。日本の技術を貪欲に吸収し、製品開発にいかしてきたサムスンに何が起こったのか。

 ソウルから車で1時間。賑やかな地方都市、水原(スウォン)の一角に、サムスン電子の水原事業所がある。スマートフォンなど家電のR&D機能が集約された、同社にとって最重要拠点の1つだ。

 今年3月、ある日本人技術者がここを去った。

 プリンター部門に勤務していた遠藤直也さん(仮名)。彼がサムスンを辞めたのは、目には見えないサムスンの「限界」に気付いたからだった。

業績低迷が続くサムスン。ウォン高や新興国市場の低迷だけではない「壁」がサムスンの前に立ちはだかっている。(写真:シン・スクミン)

批判覚悟で転職

 「あなたのような方には是非うちで活躍してほしい」。

 2011年初頭。知人の紹介で知り合ったサムスン社員からこんな熱烈アプローチを受けたのが、サムスンに転職したきっかけだ。当時遠藤さんは国内の大手電機メーカーでプリンター部門の技術者として勤務していた。もともと海外で働きたいという思いが強かったうえに、その頃在籍していた会社とは違う環境で挑戦したいとの考えもあり、二つ返事で転職を決めた。スカウト時すでに、サムスン側は遠藤さんの持つ特許や経歴などについて驚くほど詳しかったという。

 サムスンに転職すると周囲に告げると、同僚や上司からの猛反対を受けた。「技術をサムスンに売るのか」「報酬にひかれたのか」…。二度と会ってくれない人もいるだろうと思ったが、それも覚悟のうえで単身、韓国に飛んだ。

 入社初日に言われた配属先はプリンター部門の中にある部署の所属長。いきなり100人以上の韓国人が部下になった。当時のプリンター事業のトップが日本人などの外国人を積極的に登用しようと考えていたからだ。全く分からない韓国語と馴れない社風に戸惑いながら、サムスン社員として働き始めた。

コメント33

「韓国 脱財閥へのもがき」のバックナンバー

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「だから私はサムスンを辞めた」の著者

齊藤 美保

齊藤 美保(さいとう・みほ)

日経ビジネス記者

2011年中央大学法学部卒業。同年、日本経済新聞社に入社。産業部にて電機、IT、自動車業界を担当した後に、2014年3月から日経ビジネス編集部に出向。精密業界を中心に製造業全般を担当する。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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