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タケダ 社内改革のメンバーをどう集めたか 

  • 眞木 和俊

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2006年7月6日(木)

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 武田薬品工業(株価)(以下タケダ)の秋元氏は特許部長に就任するにあたり、自らの特許部門分析と改革実行計画をしたためたリポートを8カ月がかりで作成し、当時の副社長に上申した。
 
 そこでは特許部門が従来の特許申請、管理業務だけを担うのではなく、研究初期段階のシーズ探索から既存販売製品のライフサイクルマネジメントに至るまで、全社の事業戦略(営業=M、製造=P、開発=D、研究=R)と密接に連携しながら積極的に提案し、知財を有効に活用していく戦略が必須だと説いた。

お荷物部門を再生する

 同時に日本国内だけではなくグローバル視点での知財マネジメントの必要性を提案した。さらに社内的にはコストセンターとしかとらえられていなかった特許部を、投資対効果のみえる組織体制に変えていくことで活性化することも盛り込まれていた。

 このリポートは、当時オーナー社長であった代表取締役会長の武田國男氏の目にもとまり、役員会において採択された。その時、秋元氏は武田社長から「何に気を使ってこの程度の組織設計に留めたのか」と問われたそうである。この問いに秋元氏は一瞬たじろいだ。社長の指摘の通り、特許法の専門家でない自分が部長になるにあたり、先輩社員に配慮した人事を描いていたからである。

 武田社長の問いかけに対して秋元氏はとっさに「もう一度本気で書き直してくるので、成功できなかったら辞めます」と答えたそうだ。昔からタケダは上下に遠慮なくモノを言える風土だったので、ご自身の覚悟をその場ではっきりと表明することができたのだという。後日修正された組織設計では、年功序列は払拭され、部門を改革する将来的な人事設計が記された。

 かくして、自らの達成目標を携えて特許部長に就任した秋元氏に預けられた特許部員は、平均年齢が50歳になろうかというシニアな職人集団であった。部長就任前に数カ月間米国に駐在して、法律事務所や上院の知財コミッティーでグローバル・ルールを習得してはいたものの、いざ部員に意見しても一向に耳を貸してもらえない。その一方で社内からは「コストセンターのお荷物部門」といわんばかりの冷ややかな視線を向けられた。

 「いずれこの特許部を社内外の公募で人材が集まる人気部門にしてみせる」。彼は、自ら立案した改革案を速やかに実行し始めた。

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