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失敗から学んだリーダー術(前編)

事業失敗による降格の挫折をどう乗り越えたか

  • 北湯口ゆかり

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2006年9月15日(金)

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 「今から考えると、ゆくゆくは経営者になりたいと豪語しながら、経営のことも組織のことも何も見えていない社員でした」。20数年前を振り返ってこう語るのは、2005年に翻訳、ウェブ制作、人材派遣などを業務とする会社、アークコミュニケーションズを設立した大里真理子さんだ。

 打てば響くように明快な語り口で、冒頭の言葉が謙遜としか思えないほど、経営者としての自信と意欲にあふれている大里さん。しかし現在の彼女をつくり上げたのはまぎれもなく、かつての「何も分かっていなかった自分」の存在だった。

 東京大学文学部を卒業後、「将来は社長になりたい」という夢を抱いて、大里さんの社会人生活はスタートした。SE(システムエンジニア)として日本IBMに入社。4年目に米国のビジネススクールに留学し、MBA(経営学修士)を取得した。ここまでは、順調にビジネスキャリアを築いてきたが、帰国後に入社したユニデンで、大きな挫折を味わうはめになる。  

転職直後に味わった“天国”と“地獄”

 ユニデンでの大里さんに対する期待は高く、転職1カ月目にして大きなプロジェクトを任された。米モトローラの一社独占体制だった中国の携帯電話市場に新規参入すべく、中国駐在を命じられたのだ。プロジェクト責任者である上司とともに奔走した甲斐あって、初年度の業績はうなぎ上り。製品は飛ぶように売れた。マスコミにも大きく取り上げられ、周囲からは社内初の女性取締役の誕生かとまでささやかれた。

 しかし、栄光の日々は2年目にして無残にも打ち砕かれてしまう。あれだけ売れていたはずの製品が、次々に返品されてきたのだ。「実は、買い求めていたのは代理店だけで、エンドユーザーにはほとんど届いていないことが分かったのです」。中国仕様の製品ゆえ、他国で売ることもできない。大量の不良在庫を抱え、会社に大損害を与えることになってしまった。突然奈落の底へと突き落とされたような、あっという間の転落劇だった。

 「事前に中国ビジネスは難しいよ、と言われていましたが、心のどこかで、私なら大丈夫だと思い込んでいたんでしょうね。職場の環境を良くする努力はしていましたが、会社のために利益を上げるという根本的な原則が守れなければ、どんなに理想的な経営理念を掲げても、しょせんは絵空事のお遊びになってしまう。その認識が甘かったんだと思います」

 降格、降級というペナルティーを科せられ、失意のうちに帰国した大里さんを待っていたものは、“敗者”への不信感という大きな壁だった。今までチヤホヤしてくれていた人が手のひらを返すように去っていく。汚名返上とばかりに新しい企画を提案しても、ろくに話も聞いてもらえない。「動けば動くほど、周囲から煙たがられてしまい、何もかもが裏目に出る。まさに悪循環でした」

 しかも与えられた次の仕事は、不良在庫の管理だった。自分が抱え込んでしまった大量の在庫を、どうにかして売りさばけとハッパをかけなくてはならない。自分の失敗のツケを人に払わせているように感じ、苦しかった。せめて、後任には自分と同じ失敗を繰り返してほしくないとアドバイスを試みたが、説得力のある言葉として伝わらない。すべてが空回りしていた。

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