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【第2回】ホッピービバレッジ3代目 石渡美奈さん【前編】

「社長夫人」になるはずが、自ら経営者に
会社の古い体質の改革に挑むが…

  • 白河桃子

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2006年11月16日(木)

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 「ホッピー」というと、何を思い浮かべるだろうか? 関東圏の人なら、居酒屋や流行の立ち飲み屋の前に「ホッピー」と書いたちょうちんやノボリがあるのを見たことがあるはずだ。「焼酎を割る安いビール風飲料」「オヤジの飲み物」「レトロな感じ」…。そんなイメージを持っているかもしれない。

 しかし、ホッピーのロゴが踊るノボリをよく見ると「低カロリー、低糖質、プリン体ゼロ」の文字も入っている。低アルコールでヘルシーな飲み物として、いまやホッピーは30~40代に親しまれている。一度は危機に陥ったホッピーブランドだが、5年間で3倍の売り上げに導き見事復活させたのが、社長の一人娘であり副社長の石渡美奈さんなのだ。

 「おはようございます!」。赤坂にあるホッピービバレッジのオフィスを訪れると、社員たちが大きな声で挨拶をしている。午前中の訪問だったが、始業前に社員が一斉にオフィスの掃除に取り組んでいることに、まず驚いた。まるで年末の大掃除のようだ。

 「お掃除は毎朝なんですか?」。石渡さんにまず尋ねてみた。「そうです。毎朝の環境整備が今年の重点方針。形から入って、心にいたるんですよ」。ホッピーの“看板娘”、石渡さんはハキハキと答える。

 「『社員が心をひとつにして』と言うだけでは、なかなか実現できないでしょう? 単純作業を皆で繰り返すことで、心をひとつにして戦えるようになるんです。1年間見なかった書類は捨てる、無駄な仕事はやらないようにする、というのも環境整備です。うちは小さな会社で体力も限られていますから、存続のためには必要なことなのです」

 よどみなく語る石渡さんには「会社を守る」という強い意志が感じられる。ホッピーの歴史は、石渡さんの祖父が戦後間もなく長野県で良質なホップを手に入れたことから始まる。焼酎を割る低アルコールのビール風飲料、高価なビールに代わる安価なメニューとして、居酒屋ではおなじみとなった。しかし、その後ビール会社の追随や酎ハイブームの煽りを受け、ホッピーは「忘れられたブランド」になりかけた時期もあった。

 2代目社長の一人娘である石渡さんは、最初から跡取りとしての自覚はあったのだろうか? 「小さい頃から、会社を継ぐ“婿”を見つけるのが娘の役目だと思っていました。自分の夫に跡を継いでもらい、私は事務でもやろうかと…。ボーイフレンドとつき合う時も、常に『この人は次男だからOK』といった目で見ていました。今思えば、申し訳ないことをしたなあ、と…」。その石渡さんが会社を継ぐことになろうとは、「本当に、人間、自分のことは分からないものですねえ」と笑う。

 石渡さんはバブルの頂点の時期、1990年に立教大学を卒業。入社した日清製粉の人事部で一般職として働き、OL生活を謳歌して93年に“寿退社”。これは、当時のOLたちの花の王道でもあったのだ。

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