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【第4回】日本電鍍工業3代目 伊藤麻美さん【前編】

  • 白河桃子

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2007年1月30日(火)

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 埼玉県・大宮駅からタクシーで20分ほど走ると、日本電鍍工業に着く。敷地の門に古い木の看板が掲げてあるのが目印だ。2階建て社屋の奥には工場があり、迎え出た女性社員も事務服を着ている。いかにも、実直な日本の「ものづくり」会社という感じだ。メインの事業は「メッキ」。来期で創業50期を迎えるこの会社の現社長は、創業者の一人娘である39歳の伊藤麻美さんである。

日本電鍍工業代表取締役 伊藤麻美さん(写真:皆木 優子、以下同)
日本電鍍工業代表取締役 伊藤麻美さん(写真:皆木 優子、以下同)

 「こんにちは」と現れた伊藤さんをひと目見たら、誰もがびっくりするだろう。どちらかというと、「外資系企業の広報です」と言われた方がしっくりするような雰囲気の女性だ。元DJで、幼稚園からインターナショナルスクールに通い、米国留学経験あり。そんな経歴の彼女が赤字会社の社長となり、3年で黒字転換したのである。

 「父は、会社をつくって経営が安定すると他の人に社長を任せ、また次を起業するような行動派でした。父の会社は5~6社ありましたが、父はオーナーとして全社の経営判断や重要な決断をすべて行っていました」。伊藤さんの父親は商社、貿易業を経て、「日本も今後は世界に向けて高品質な商品を作るようになる」と、1958年に貴金属メッキの会社を設立した。セイコー、シチズン時計、オリエントなどの国内一流時計メーカーのメッキ加工指定を受け、会社は順調に成長する。

 父は次々に会社をつくり、事業は拡大、伊藤さんは社長令嬢として何不自由なく育った。家は東京にあったので、父の会社がどんなところかも知らなかったという。父もユニークなアイデアマンだったが、母もソウルミュージックに造詣が深く、流行りだしたばかりのディスコに通っていたというおしゃれな女性。伊藤さんが幼稚園から清泉インターナショナルスクールに通っていたのは、「ファンキーな父母」と伊藤さんが言う両親の方針だった。しかし母は伊藤さんが13歳の時に病を得て、7年後に亡くなっている。

「自分の病気を知った母は、私にお料理などを特訓してくれました。いわゆる花嫁修業です。中学生の頃から魚を3枚におろしたりしていました。当時は子供でしたから、ほかの子が楽しそうに遊んでいるのに、どうして私だけがこんなに厳しくしつけられるのか、と思っていました」

 清泉から上智大学に進み、卒業して進路を選ぶ頃、世はバブルの真っ盛り。「大学の友人はみな、金融、マスコミ狙い。いい就職先がいくらでも選べた時代で、仕事についてあまり深く考えていなかったんです」。その頃父は、「今しかできない道に進めばいい」と助言してくれた。「私の好きなことは、音楽と宝飾。父の『今しかできない道』という言葉に従って、音楽を仕事にしたいと思いました」

 母の影響か、小学校6年からアースウィンド&ファイアーを聴いていたという伊藤さん。HipHopやR&Bをもっと日本人に知ってもらいたいと、ラジオ番組のDJになる。「クラブのDJではなく、ラジオのディスクジョッキー(パーソナリティー)です。まだ当時ポピュラーではなかったHipHopやR&Bなどの音楽を通じて黒人の歴史や文化を紹介できたら、と思いました」。小林克也氏のアシスタントのオーディションに受かり、その後TBS、東京FMなどに番組を持つ。「どんな仕事も、最低3年は続けなければその良し悪しも分からないと思ったのです。結局この仕事は8年続けました」

 その8年の間に、伊藤さんは23歳で父を亡くした。遺されたのは会社と家。継母(父の再婚相手)と伊藤さんは、その家で以前と変わらない生活を続ける。「父も私に跡を取らせるつもりはありませんでしたし、父が亡くなっても会社は続くものと、疑いもなく思っていました」

 「当時は、『会社は生き物』という概念もなかったのです」と伊藤さん。会社も生きている。良い時もあれば悪い時もあり、ダメになることもあると、当時の伊藤さんは認識していなかった。会社とは幼い頃から「そこにあるもの」「ずっと続いていくもの」としか思っていなかったのだ。

コメント3件コメント/レビュー

私も2代目後継者として同じ境遇にいます。年は若干25歳。今は東京都内の某外資系一流ホテルに勤務していますが今年の3月、実家に帰ることを決意しています。女社長として、伊藤さんのお話は参考になりました。私もやるぞ!と勇気がもてました。思わず涙がこぼれました。是非一度お会いしてお話を伺ってみたいです。(2008/01/18)

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私も2代目後継者として同じ境遇にいます。年は若干25歳。今は東京都内の某外資系一流ホテルに勤務していますが今年の3月、実家に帰ることを決意しています。女社長として、伊藤さんのお話は参考になりました。私もやるぞ!と勇気がもてました。思わず涙がこぼれました。是非一度お会いしてお話を伺ってみたいです。(2008/01/18)

同族会社だからダメなんだ、という論調が多い昨今ですが同族企業だから可能なことがたくさんあると感じています。ついでですがM&Aを正当化しすぎる風潮にも釈然としないものを感じます。(2007/01/31)

私も零細企業の女社長です。最近ローンの融資を断られてしまい、少し落ち込んでいたところでした。伊藤さんの記事を読んでもっと勉強せねばと元気付けられました。(2007/01/30)

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