それは、ある消臭剤のCMだった。「ちょっとこれ見て。ひどいよ」。知人の男性に促されて製造元のホームページに載っていたCMを再生すると、可愛らしいアニメーションと歌声の後で、こんな一節が耳に入ってきた。「我が家のオトコは何だかにおう」。そして、鼻をつまむ女性が登場する。
知人が不愉快に感じたのも無理はない。家族のために1日中働いて疲れて帰ってきたところに「スーツがくさい」なんて言われたら頭にくる。筆者が男性なら「そんなことを言うなら、自分で働いて稼いできてください」と思うだろう。
男女を入れ替えて「我が家のオンナは何だかにおう」としたら、どうか。こういう表現は女性蔑視と批判されそうだから、企画会議でボツになるだろう。女性に関する表現には気を使うのに、男性に関する表現には、なぜこんなにも鈍感なのか。
柳沢大臣の「女性は産む機械」発言が女性差別と問題になっているが、それならかつて流行ったCMの「亭主元気で留守がいい」や、定年退職後の夫を“濡れ落ち葉”“粗大ゴミ”と称するのは男性差別である。筆者は女だが、こういう表現を平気で使う人の気が知れないし、そんな人には女性差別を語る資格もないと思う。
こうした意見を男性から聞くことはしばしばあるが、メディアが男性差別を取り上げることはほとんどない。筆者の経験では、男性が差別されたと公の場で話すのを直接耳にしたのは、1度きりだ。
6年前、裁判制度見直しをテーマにしたシンポジウムで、客席にいた男性が痴漢冤罪の被害者であると名乗りを上げたのである。職も名誉も失った彼が切々と語るのを目の当たりにして、男性が声を上げることがいかに難しいか、あらためて感じた。今回は、これまで語られることの少なかった男性差別について見ていきたい。
男性に“職業選択の自由”はなかった
4月1日の改正男女雇用機会均等法施行により、企業が募集や採用に当たり、女性だけでなく男性を差別することも禁じられるようになる(参照記事はこちら)。
裏返せば、これまで男性差別は“あり”だったのか。男性に対する雇用差別といえば、2006年5月に大阪の専門学校生が人材派遣会社5社を訴えた件が記憶に新しい。特許事務所や商社の事務職の求人に応募したところ、男性であることを理由に採用を断られたため、賠償を求めて提訴した。派遣会社からは「派遣先が女性を希望しているから」「女性向けの仕事だから」などを理由に、断られたという。学生の提訴により、大半の企業が請求を認めたり和解に応じた。
男女共同参画、ダイバーシティーという言葉をよく耳にするのに、男性差別が黙認されてきたのは不公平だ。かつて雇用の機会均等とは、女性にも男性と同様の就業機会を与えることを意味した。均等法施行前は、多くの企業が採用に際し「男性のみ」と明記しており、女性が応募できる職種は限られていた。だから当時は、“女性に”機会を与えることに焦点を当てたのは、理にかなっていたのだ。
しかし、男女に同様の機会が与えられるようになった今、男性にとって本当の意味で“職業選択の自由”があるとは言えないだろう。あらゆる就業機会が開かれているが、「外で働かない=主夫になる」という自由は、日本男性には事実上ないからだ。
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