数々のトレーニングを見せられた後に、これを読むと驚くかもしれない。
「我慢してやるトレーニングは基本的には無意味」と言い切っているからだ。
でも、最後まで読めば真意は見えてくる。糸井流の鍛錬法とは?
Q トレーニングという言葉には努力して鍛えるといった辛いイメージがあります。糸井さんはその種のトレーニングを何かされていますか?

糸井重里氏
コピーライター
1948年生まれ。法政大学文学部中退。71年にコピーライターとしてデビュー。98年に毎日更新のウェブ新聞「ほぼ日刊イトイ新聞」を開設し、編集長を務める。
A 全くしていませんね。逃げたくなるんです。義務になった途端に(笑)。もちろん過去に何度か挑戦したことはありますよ。 一番印象に残っているのが三味線。良い三味線を買い、皮も張り替えて、師匠も見つけた。通うのが大変だから出張で来てもらうことに。にもかかわらず、レッスン当日になると逃げたくなった(笑)。事前に練習していないから、レッスンは辛いだけ。僕はそういう人間ですから、トレーニングという言葉には恐怖心すら抱きます。
Q トレーニングが好きな人とは対極にいるんですね。
A そう。でも、こんな僕だからできるいいことは、ほかの人に強制しない。我慢してやるトレーニングは基本的には無意味だと思っていますから。
嫌なものを続けてうまくなることに違和感を覚える。一方で好きなことを一生懸命続けるのも、それはそれで辛い。だから、嫌じゃないことを見つけた人が続くと思うんですよ。大抵の人は嫌じゃないことを続けて、好き嫌いが分からなくなるまで繰り返している。
商売人がそうですよね。商いは「飽きない」って言うじゃないですか。パン屋は毎朝早くからパンを焼いている。鍛えようとか、そんな余計なことを考えなくてもやれている。もっと冗談っぽく言うと、トイレで「俺は小便することに飽きた」とは思わないでしょう(笑)。生まれて以来、何十年欠かさずにしているのに。意識しなくても繰り返せることもあるんです。
だから、まずは自分に何ができやすくて、何ができにくいのか。自分を知ることから始めよう。無理すると歪みが出ますから。
Q 三味線のようにですか(笑)。
A そう。でも、三味線を始めたのはちゃんと理由があって、役立つことしかしない人間って格好悪いでしょう。その意味では、三味線は人に聞かせるチャンスさえない。「三味線を弾くから、俺の家にちょっと寄っていけよ」と言っても大抵は嫌がられる(笑)。実用性のない習い事なら楽しめると思ったけど、やっぱり僕には向いてなかった。
でも、こんな僕でも「ほぼ日刊イトイ新聞」は約9年間書き続けているんですよ。
Q 三味線よりそっちの方が大変そうですが。
A でも、僕はトレーニングと思ってやったことは一度もないからね。パン屋がパンを焼くことと同じです。
長く続けて良いことは、ちょっとした違いが気になることですね。昨日より今日の方が少し面白いとか、つまらないとか。他人には見えない小さな違いが見えてくる。すると、低いなりに、自分の中で価値基準ができてくる。でも重要なのは低いままでいること。無理して高きを狙わない。低いから差に気づけるわけですから。
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