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【4】「笑われ女子」から「笑わせ女子」へ

「二流、三流」と言われた女芸人の変化

  • 深澤 真紀

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2009年1月9日(金)

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 最近のテレビ番組は、「お笑いとバラエティーばかりでくだらない」とよく言われるのですが、私はお笑いが大好きなので、たくさんのお笑いやバラエティー番組を見ています。例えば「人志松本のすべらない話」や「M-1グランプリ」は、私にとってはオリンピックより重要です。日本のお笑いって、レベルが高くて面白いですよ。

 そんな私がずっと残念に思っていたのは、「女はお笑いに向いていない」と言われてきたことです。もちろん、女芸人はいつの時代もいましたが、「モテない独身女の2人組か3人組」か「夫婦漫才の女房」のどちらかが定番でした。

笑われるだけの女芸人は、二流以下の扱い

 結婚できないとか、モテないとか、太っているとか、やせているとか、不細工とか、たとえ結婚していても「おばさん扱い」されて、女としての魅力がないことを「笑われ」ていたのです。

 お笑いをやるような女は、女性としては二流、三流、そして芸人としても二流、三流という扱いを受けてきたのです。

 例えばダウンタウンの松本人志は、著書やラジオなどで何度か「女はコメディアンには向いていない。身も心もスッパダカになれない人間は、芸人になれないからだ」と言っています。そしてこう思っている人は、芸人の中にも、視聴者の中にもとても多かったのです。

 しかし今や、女芸人の状況は変わってきています。

 日本のここ20~30年のお笑いの流れを考えると、女芸人に最初の変化が表れたのは、山田邦子(1960年生まれ)が登場した頃からでしょう。

 これまでの「モテない独身女」という定番のイメージは外していないものの、1980年代に「オレたちひょうきん族」(1981~89年)でブレークした彼女は、「バスガイド」の物まねなどの芸もあり、エポックメーキングな存在でした。

 またNHKの「好きなタレント調査」(俗に言う好感度調査です)でも、1989年から96年まで8年連続1位という人気で、ピン(一人)の女芸人で初めて冠番組を持ったのも、山田邦子でした。「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」(1989~92年)です。

 この番組で山田邦子は、当時トレンディー俳優として人気のあった江口洋介を自分の夫役にしてコントをやっていました。男芸人が「自分の相手役として女優やタレントをキャスティングする」ということはあっても(志村けんの「バカ殿」がその顕著な例ですが)、女芸人でそれをやったのは、彼女が初めてだったと思います。

 次に登場するのが、野沢直子(1963年生まれ)。ダウンタウン、ウッチャンナンチャン、清水ミチコが出演していた伝説のお笑い番組「夢で逢えたら」(1989~91年)のレギュラーでした。

 彼女も一見「モテない独身女」のようでしたが、週刊誌に人気芸能人との恋愛スキャンダルが載った最初の女芸人かもしれません。

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