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40歳の専業主婦が、次期社長として入社

マロニー2代目社長 河内幸枝さん(前編)

2009年2月12日(木)

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 景気減速の影響で節約ムードが高まる中、土鍋や鍋料理の材料が売れている。「値段の割に栄養価が高く、家族だんらんのきっかけにもなる」といった理由からで、「マロニー」もその1つだ。

写真、マロニー

45年の歴史があるマロニー。マスコットの絵は、時代とともに少しずつ変化しているという

 世間の不況など、どこ吹く風。自動車産業をはじめ製造業が軒並み減産を余儀なくされる中、「マロニー」は生産が追いつかないほどの人気ぶり。製造しているマロニー(大阪府吹田市)では、一部の工場で2交代制を敷いているほどだ。

 同社は年商24億円の食品メーカー。売り上げの95%を占める「マロニー」は、北海道産のじゃがいもやとうもろこしから採れるでんぷんを原料とする、いわゆる“はるさめ”で今から45年前の1964年に発売した。

 「適度なコシがあり、煮崩れしない」「水分を吸収するため茹で上がりが速く、味つきもいい」といった、従来の製品にはない特徴を武器に業界最後発の発売ながら、“乾燥はるさめ”のジャンルで国内トップシェアの座を獲得した。

会社員経験ゼロの主婦が、総務部長として入社

 そんな同社を率いるのが、2代目社長である河内幸枝(かわち・ゆきえ)だ。創業者である吉村義宗を父に持つ。河内は1984年4月にマロニーに入社し、1991年に社長に就任した。

写真、河内幸枝マロニー社長

河内幸枝マロニー社長(写真:山田 愼二、以下同)

写真、女優の中村玉緒を起用したテレビCM

女優の中村玉緒を起用したテレビCM

 実は河内は、筋金入りの「箱入り娘」「箱入り妻」で、マロニーに入るまで会社員としての経験はゼロ。25歳で結婚し、専業主婦として暮らしてきた。同社に入社したのも40歳の時だ。しかし、河内は“素人であること”を逆に強みにして、会社を成長させてきた。その象徴と言えるのが、中村玉緒のテレビCM起用だ。

 「マロニー」を食べたことがなくても、女優の中村玉緒が「マロニーちゃん」と口ずさむCMなら知っている人も多いのではないだろうか。同社の認知度を全国区へと押し上げたこのCMの生みの親は河内である。

 15年前、CM出演がほとんどなかった中村玉緒を「限られた広告宣伝費で強烈なインパクトを消費者に与えられるのは、玉緒さんしかいない」と、周囲の反対の声を押し切って起用した。その後も、河内は堅調に売り上げを伸ばし、入社当時の6割増まで年商を増やした。

 「専業主婦の経験しかなく、40歳にもなって会社に入ることに不安がなかったかと言えば嘘になる。それでも、入社を決断したのは、苦労しながら会社を大きくしてきた父が、後継者問題で悩む姿を見ていられなかったから」

 河内は1943年、3人姉妹の長女として生まれた。父、義宗はもともと福岡県の山村の出身だったが、21歳の時徴兵され、35年と37年に2度出兵。41年には妻・福代とともに満州へ移住した。河内が誕生したのはこの時だ。

 大陸での生活は希望に満ちていたが、現地で営んでいた土木業が軌道に乗り始めた矢先、義宗に召集令状が届き、3度目の出兵。敗戦後はシベリアに抑留され、約3年にわたり、零下50度の収容所生活を強いられることになる。

写真、マロニー河内幸枝社長

1950年頃、家族で大阪に移り住んだ頃。写真左が小学生の河内社長

 河内は母とともに、父の消息が知れぬまま、46年9月、命からがら日本へと引き揚げてきた。追って義宗が奇跡的に帰国したのは48年5月だった。

 九死に一生を得て一度はあきらめた妻子との再会を果たした義宗は、死に物狂いで仕事に没頭。野菜の仲買い、もやし製造の手伝いを経て50年、大阪でもやし製造の「吉村商店」を創業。事業を順調に拡大させた。


 昭和30年代、「もやしでは、これ以上の成長は望めない」と考えた義宗は、新しい試みを始める。一般に普及し始めていたはるさめに注目して、「マロニー」の開発に着手したのだ。

コメント1件コメント/レビュー

とても興味深い内容の記事で、一気に読んでしまいました。次の記事をとても楽しみにしております。(2009/02/16)

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「40歳の専業主婦が、次期社長として入社」の著者

荻島 央江

荻島 央江(おぎしま・ひさえ)

フリーランスライター

2002年からフリーランスライターとして活動。現在は「日経トップリーダー」や「日経メディカルオンライン」などに執筆。著名経営者へのインタビューや中小企業のルポを得意とする。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

とても興味深い内容の記事で、一気に読んでしまいました。次の記事をとても楽しみにしております。(2009/02/16)

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