「深澤真紀の社会の“正しい歯車”として生きる!」

【13】嫌な経験は「気づき」にするより「ネタ」にしよう

トラブル経験は、他人に笑ってもらえる芸にする

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2009年3月23日(月)

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 「気づき」という言葉を、最近よく聞くようになりました。

 教育の現場から生まれた言葉のようです。例えば、「子供たちに気づきを与える」といった使い方をします。また、スピリチュアルな世界でもよく使われています。

 「気づき」という言葉には、「自分の中に既に何かがある」という前提があり、自分の中にあった「何か」に何らかの経験を通して気づくこととして使われています。

「気づき」で「本当の私」が見つかるか

 例えば親が答えを与えず、子供にはまず自分で考えさせて「気づきを与える」。確かによいことのような気がします。

 しかし「親が答えを与えない」と言いながら、「気づき」という答えは期待しているということで、実は答えを与えるのと変わらないのかもしれません。そもそも、親が思いも寄らないような、すっとんきょうな発想を子供がしたとしても、「気づき」とは言われません。

 つまり「気づき」は「いいこと」でなければいけなくて、それは「本当の私」を発見できるという幻想につながっています。

 これは「自分探し」とも似ています(参考記事はこちら)。自分の中には本来、「素晴らしい私」や「素晴らしい考え」があって、それが「気づき」によって探せるという考え方です。

 しかしこういう「本当の素晴らしい自分に気づくこと」「自分を探すこと」を続けると、疲れてしまうものです。

 経験の中から「気づき」を探すよりも、自分の様々な経験を「ネタ」や「芸」にしてしまう方が面白いと思います。

 「気づき」には、「この経験でこんな“気づき”があった」と誰かに話して「褒められたい」という欲望があります。例えば仕事でトラブルがあった時に「今回のトラブルを経験して“気づき”がありました。大切なのは、自分から歩み寄ることだったのです」などと発表して、「なるほど!」「さすが」と褒められたいのです。

 しかしそんなに「気づき」を探すのも、疲れるものです。

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著者プロフィール

深澤 真紀(ふかさわ・まき)

深澤 真紀

コラムニスト・編集者。企画会社タクト・プランニング代表取締役社長。1967年、東京生まれ。早稲田大学第二文学部社会専修卒業。卒業後、いくつかの出版社で編集者をつとめ、1998年、企画会社タクト・プランニングを設立。日経ビジネスオンラインで2006年に「草食男子」や「肉食女子」を命名、「草食男子」は2009年流行語大賞トップテンを受賞し、国内だけはなく世界で話題になる(『草食男子世代−平成男子図鑑』(光文社知恵の森文庫)に収録)。日経ビジネスオンラインの連載をまとめた『自分をすり減らさないための人間関係メンテナンス術』(光文社)、『考えすぎない生き方』(中経の文庫)、『女はオキテでできている―平成女図鑑』(春秋社)など著書も多数。そのほかの連載に、「深澤真紀の平成働き女子のための処世術」、「深澤真紀の草食の時代」、「草食男子も悪くない」など。



このコラムについて

深澤真紀の社会の“正しい歯車”として生きる!

「社会の歯車になんかなりたくない!」…。そう思っている方もいるかもしれません。でも、“歯車になる”ことは本当にいけないことでしょうか。経営者でも、投資家でも、宗教家でも、芸術家でも、ビジネスパーソンでも、主婦でも、一人ひとりが社会を動かす歯車であることに変わりありません。そう思うと、私たちはこの社会で“正しい歯車”として生きれば、それで十分なのではないでしょうか。「自分をすり減らさない人間関係メンテナンス術」の深澤真紀が贈る、「メンテナンス術」シリーズの第2弾です。

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