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父の病気と兄の死。廃業の危機を迎えた染物会社を末娘が継ぐ

伊藤染工場3代目社長 伊藤純子さん(前編)

  • 荻島 央江

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2009年5月13日(水)

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 北は北海道から南は九州・沖縄まで、小さなものまで含めると30万以上あると言われる日本の祭り。そこに欠かせないのが、神輿を担ぎ、祭り囃子を奏でる老若男女が身に纏う半纏だ。思い思いの背紋や腰柄をあしらった色とりどりの衣装が日本の風物詩を一段と盛り上げる。

 岩手県花巻市にある伊藤染工場は、そんな祭礼用半纏などのデザイン、染色、縫製を手がける老舗企業だ。1921年、現在社長を務める伊藤純子の祖父である伝蔵が創業し、現在まで綿々と伝統を守り続けてきた。

伊藤染工場社長の伊藤純子(写真:稲垣 純也、以下同)

 「様々な染物がある中で、当社の専門は『印染』(しるしぞめ)と呼ばれる分野。見栄えのする模様や固有の文字、紋章を色鮮やかに染め上げるのが真骨頂で、祭礼用半纏以外にも、大漁旗や寺社向けの幟、身近なものでは酒屋さんの前掛けなども印染の技術でつくられています」と伊藤は説明する。

 ほかの伝統産業同様、染物の世界もまた技術革新や後継者不足により衰退のさなかにあり、印染も例外ではない。そうした中、伊藤染工場は22人の社員を抱え、年商は1億5000万円。家族経営の零細事業者が多いこの業界では“大手企業”だ。工場を覗くと、20~30代の若い職人たちがさっそうと布を染め、デザイナーはパソコンを前に新たなデザインの構想を練っている。そこに“滅びゆく伝統産業”の姿はない。

 伊藤は59年、2代目社長である父、益吉の長女として生まれた。益吉は12人兄弟の長男で、良い意味でのワンマンタイプ。最盛期の60~70年代には50~60人の社員を雇用し、事業を拡大した。その補佐的存在だったのが母の淳。呉服販売部門のトップとして家業を支えた。両親ともに多忙だったが、伊藤は工場の中を走り回ったり、職人に遊んでもらったりしながら、会社の成長とともに育った。

 「当時の伊藤家は7人家族のほか、住み込みの社員5~6人がともに暮らす大所帯。朝昼晩いつも十数人で食卓を囲んでいた。職人さんが染物をする姿、染料のにおい、工場の裏手に流れる川の流れの音…。すべて生活の一部でした」と伊藤は振り返る。

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 ただ、家業に愛着を持ちながら、伊藤は自分が会社を継ぐなどと考えたことは一度もなかった。2人の兄がいたうえ、早い時期から長男が後継者候補として決まっていたからだ。実際、長男は学業を終えると、岐阜の染物業者の元で修業し、伊藤染工場へ入社。それに伴い、次男は東京の大手メーカーへ就職、伊藤も都内の短大を卒業後、実家へは帰らず、東京にある自動車販売会社で働くことになった。

 就職して1年後に伊藤は帰郷して会社に入ることになるが、これは母が心臓の手術を受けたためだった。

 「実家に帰ったのは、病気の母の面倒を見るのは当たり前だと思ったからです。母の身の回りの世話をするのに都合がよかったので会社に入りましたけど、商品の販売を手伝った程度。当時、本業の染物には、一切関わりませんでした」

 伊藤が家業に深入りしようとしなかったのは、幼い頃染物の世界の厳しさをその目で見ていたからだ。父・益吉は仕事に対して妥協がなかった。工場に一歩入れば、職人たちへの厳しい指導が始まり、つい先ほどまで和気あいあいとしていた工場の空気は一変した。

 女がおいそれと入れる世界じゃない。これが家業に対する伊藤の正直な気持ちであった。その後89年に母が亡くなり、伊藤はなりゆきで会社の呉服販売部門の責任者になったが、その気持ちは変わることはなかった。

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