女性にとって、いま人から一番言われたくない言葉。
それは「痛い」でしょう。
「日本語俗語辞書」にはこのように説明されています。
痛い 【年代】 2000年 【種類】 若者言葉
痛いとは、他人の的外れな言動に対する「恥ずかしい」「情けない」「気の毒に」などの気持ち。
痛いは通常、自身の体(又は心)の痛みをうったえたり、人の身体の痛みを問いかける際に使われる。この痛いが平成に入り、人の言動に対して用いられるようになる(この場合、イタイ・イタいといったカタカナ表記も使われる)。痛いが用いられる主な言動として、勘違い・場違いなどの見当外れな言動、人が不快・不満に感じる言動など、「恥ずかしい」「情けない」「みっともない(不様)」に通じるものである。また、「痛い子」「痛い話」「痛いサイト」など、後ろに対象を付けて使われることが多い。
ことに女性は、「いい年して若ぶって痛い」と言われたり、「今日のこの格好、派手すぎて痛い?」と自分で言ったりします。
自分の年齢やキャラクターに合わない行動などをして、「痛い」と言われたり思われることを恐れているのです。
私のところにも女性誌から、「30歳過ぎて痛くならないようにするにはどうすればいいですか?」という取材がきます。例えば、「30過ぎても痛くならずにかわいい女子になる」とか「痛くない素敵な女性になる」などというテーマです。
しかし「かわいい」や「素敵」にこだわりすぎて、「素敵と思われたい」や「かわいいと思われたい」という欲望が行き過ぎると、かえって「痛い」に振り回されてしまうのです。
そして、「痛い」と思われないように気を遣うことはとても疲れるものです。
他人の「痛い」探しは自分に返ってくる
「痛い」に振り回されないためには、「他人の『痛い』探しをしない」ことです。
他人の「痛い」ところを探すのは面白いものです。しかし「痛い」を採集しすぎると、自分の中に「痛い」のストックが増えてしまいます。
例えば芸能人や自分の周囲に「痛い」人を探して、「あの人よりは私の方がましだなあ」と思っていても、「痛い」という言葉はインパクトが強いので、「痛い」を探しすぎるとそちらの世界に引きずられてしまうのです。
ですから他人の「痛い」も見ないようにして、「痛い」を採集して「ガールズトーク」で発表したりしないことです。誰かを「痛い」と評して溜飲を下げても、いずれそれは自分に返ってくるだけです。
では、「かわいい」や「素敵」を採集することはよいのでしょうか。
しかしこれらの採集もとても難しいものです。
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