• ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版
  • 日経BP

増収増益、ライバル不在。横山食品の成功の秘密

横山食品3代目横山史子さん(後編)

  • 白河桃子

バックナンバー

2009年8月11日(火)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 (前編から読む)

 横山食品の跡取り娘、横山史子さんの夫が突然亡くなったのは2004年のことだった。「トライアスロンもやっていて、とても元気な人だったんです。それだけに信じられなくて…」

 新しい工場が建った直後だった。既に夫が次の社長となることも決まっていた矢先の突然の出来事。しかし史子さんには、嘆いている暇はなかった。すべてを仕切っていた母親、教子さんから史子さん夫妻への代替わりは、もう決定事項として進んでいた。

横山食品3代目の横山史子さん(左)と、母の教子さん(写真:山田 愼二、以下同)

 「悲しんだり考えたりしている暇もなく、次々にやることがあって…。でも、それがかえってよかったのかもしれませんね」と史子さんは言う。

 代替わりは、母親の教子さんの引退でもある。
 それまでは何事も教子さんが頼りで、手の早い教子さんが何でもやってしまっていた。現場の火入れも、教子さんが毎朝3時半に出てきてやっていたのだ。

 「これでは、母が仕事をできなくなった時に現場が回らなくなってしまう」…、そう考えた史子さん夫妻は、工場のラインを再構築することにした。「夫は、誰でも作業ができるように、しかし技術の部分は母のやり方をしっかり残して継げるよう、機械化のラインを作っていました」

 働き者の教子さんがやっと引退したのは、今年になってから。「母はすぐに現場にやって来て、何もかも自分でやってしまう。それに、母が誰よりも手早いのです。もう、工場の全工程は母がいなくてもできるようになってはいるのですが…」と、苦笑しながら母親を見る史子さんの目は温かい。

 「私がいなくても現場が回るようにしてくれたのは、今となってはありがたいと思います。でも、つい気になって工場に足を向けてしまう。創業者である私の母も、死ぬまで工場も家のこともやっていましたからね」と母の教子さんも言う。

 「工場に行くたびに、何度も外に連れ出されました。でも今では、私がいた頃よりもずっときれいに(製品が)できあがっているんですよ」

 今年から、家で孫の面倒を見るようになったという教子さん。芯から働き者の家系なのだ。

工場に立つ母の教子さん

 「女は男の人と同じくらいに働いて、そして家のことも全部やって当たり前という風に育ちました。今の主人は最初は公務員でしたから、『お給料をもらってきてくれるのはありがたい。これは丸々残るわ』と思っていました」

 教子さんの夫であり前社長の武夫さんは会長職に退いているが、工場外回りの環境整備など、地味だが重要な裏方を引き受けている。母子の仕事を裏から支えているのだ。

 史子さんが社長になってから、商品構成も変わった。
 2008年4月に商品のラインアップを一新し、「まいにち」というシリーズを作った。史子さんの代になってから、思い切ったブランディング戦略を行ったのだ。

「「跡取り娘」の経営戦略」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

日本の経営者は、経験を積んだ事業なら 失敗しないと思い込む傾向がある。

三品 和広 神戸大学教授