日本でもメンタルヘルスケアの必要性が、少しづつ理解され始めています。しかし、実際にはどれだけ日々の生活や仕事の中で生かされているでしょうか。日本の労働者の自殺率は世界一で、毎年3万人以上の方が自ら命を絶っているのです。
「がんばれ!」。そんな言葉で、心が痛んだ人を勇気づけているつもりになっていませんか。管理職の皆さん、「あの社員は精神的に弱いから仕方がない」などの諦めの言葉を口にしていませんか。その言葉が、さらにその人を追いつめて壊してしまうかもしれません。反対に「がんばれ!」と言っている、あなた自身こそ、がんばり過ぎていませんか。
産業カウンセラーという仕事をご存じでしょうか。その団体である社団法人日本産業カウンセラー協会から、現場で活躍する産業カウンセラーの体験を基に、このコラム「メンタルリスク最前線」をお届けします。
これからのメンタルヘルスケアの在り方、キャリアカウンセリング、そして、実際に行われてる日本企業のストレス対処の取り組みなど、様々なアプローチでコラムを展開していく予定です。その中で、私たち産業カウンセラーの仕事の中身についても少し理解を深めていただければ幸いです。なお、各事例はプライバシー保護のため、人物像や場面などを変更してあります。
「12月には職場に復帰できそうです」
Aさんは、こう笑顔で話してくれた。クリスマスソングが街中にあふれる季節。10年間1人で苦しみ続けたAさんがもらったサンタクロースからのプレゼントは、彼自身の努力による「気づき」と、少しの間、同じ人生を一緒に歩いたカウンセラーからの言葉だったようだ。
「もしや会社のリストラ対策だったのか」
半年前、Aさんはカウンセリングルームのドアを開けて入ってきた。顔面は蒼白、髪はボサボサ、常にイライラと怒りっぽく、寝たり起きたりの毎日を過ごしていた。
50歳、会社員、既婚(妻、長女、長男)、近くに住む一人暮らしの姉がいる。
大手企業に勤務しており、同期入社の中では比較的早く昇進した。社内での“本籍”が地方の支社だったため、周囲には転勤もなく定年まで勤めを終える人も多かったが、A氏には本社へ異動する異例の辞令が出た。
「栄転だ。出世街道まっしぐら」
そう、ほくそえんだ。輝かしい未来が約束されたと思った。
単身赴任で、新しい職場に向かった。ただ、家族のことで後ろ髪引かれる思いもあった。なぜなら、一人暮らしをする姉は統合失調症。息子は引きこもりがちだったからだ。
「しかし、大きなプロジェクトを任されての栄転。私が行かなければ! これは家族のためにもなるのだから」
そう考え、思いを振り切った。
しかし、将来を約束された輝かしい新天地のはずだった勤務先では誤算の連続だった。職場に溶け込めない。任されたプロジェクトなのに仕事のやり方が分からない。知らない街。知らない人間。知らない言葉――。
同僚は助けてくれない。いや、自分にとっては敵だから簡単に聞くわけにはいかない。
自分が、なぜそんなことを思ってしまうかも理解できない。すべてがかみ合わず、ちぐはぐ。自分の納得がいかないことばかりになってしまった。
「もしや会社のリストラ対策だったのか」
思いつめて、そんな被害妄想にまでさいなまれた。
10年以上、入退院を繰り返した
勇気を出して会社内で産業医による診察を受けてみると、病院の受診を勧められた。「入院の必要があるうつ状態」という診断だった。いったん、家族が待つ自宅に戻って地元の病院に入院。抗うつ剤、睡眠導入剤などを摂取しながら治療に専念した。
幸い、間もなく症状は改善し、再び単身赴任で所属先に戻った。ところが勤務先で、うつ状態が再発し、また入院。ほどなく復帰するも、また再発。入院、復帰、入院、復帰…。何度も入退院を繰り返すうちに、10年以上の月日が流れていた。
「この状態の自分は、いったい何なんだ」
ここから先は「日経ビジネスオンライン」の会員の方(登録は無料)、「日経ビジネス購読者限定サービス」の会員の方のみ、ご利用いただけます。ご登録のうえ、「ログイン」状態にしてご利用ください。登録(無料)やログインの方法は次ページをご覧ください。




からのご案内




