「池原照雄の「最強業界探訪--自動車プラスα」」

前社長から「夢」のお届け物ーーホンダの航空機エンジン参入

  • 池原 照雄

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2004年3月10日(水)

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 ホンダが40年余りの「夢」としてきた航空機事業への参入にゴーサインを出した。自社開発した小型ジェット機用ターボファンエンジンの事業化で米ゼネラル・エレクトリック(GE)と提携、早ければ2〜3年内に機体メーカー向けの生産が始まる。

 航空機エンジンの事業化は「自動車より時間軸がずっと長い」(福井威夫社長)ので、当初は売り上げ規模も微々たるものにとどまる。事業上の算術より、むしろ「ホンダでは、夢は必ず実現する」という社内へのメッセージ性が強い経営判断だ。

1962年2月の朝日新聞に載った社告が触発

 周囲の心配をよそに、晩年もハンググライダーに夢中になった本田宗一郎氏の空への渇望は、やむことがなかった。

 ホンダが4輪車に進出する前年の1962年2月、朝日新聞にある社告が載った。国産軽飛行機の設計を募集するというものだ。主催の朝日新聞社にホンダの開発部門である本田技術研究所が協賛しており、同社が開発を進めていた空冷8気筒エンジンを搭載する飛行機の設計を募ったのである。

 これに触発され、大学で航空工学を専攻していた若者が「ホンダでは飛行機がやれる」と入社を決めた。昨年まで社長を務めた吉野浩行相談役で、社告掲載の翌63年に入社している。

 社長在任中の事業化発表にはこぎ着けられなかったものの、ほぼ1年にわたったGEとの提携交渉を指示したのは吉野氏だった。2足歩行ロボット「アシモ」の開発も研究所の役員時代から先導するなど、一度描いた夢への持続力はすさまじい。

20年から30年後に貢献するビジネス

 GEとの提携発表の席上、福井社長は「技術開発へのモチベーションという位置づけからビジネスへと軸足を移す」と宣言した。ホンダは同時に、プロペラ機用のピストンエンジン開発も行っており、2003年3月から米国の専門メーカー、テレダイン・コンチネンタル・モーターズと事業化調査を継続中。こちらも、やがてビジネスへと踏み出す可能性が高い。

 GEと共同戦線を張るビジネスジェット機は将来、世界で飛躍的に市場が拡大する可能性を秘めている。ただ、年間6000万台近くになった世界の自動車需要に比べればスケールはあまりにも小さい。

 ホンダのエンジンが搭載されるのは、4〜8人乗りのエントリービジネス機。1機当たりの価格は3億円前後で、このうち2基搭載するエンジンは、1基当たり最高5000万円程度が相場とされる。その市場は今後10年くらいで米国を中心に年間250機ほどの規模に成長すると予測されている。仮に10年後に「ホンダGE」ブランドのエンジンがシェア50%(125機)を獲得し、売上高はGEと折半するとして、ホンダの年商は62億円という規模だ。

 福井社長が「20年から30年後のホンダに貢献するビジネス」と言うように、時間軸は長い。一方で、万が一の時の賠償費用やイメージダウンなどのリスクは大きい。

 自動車業界ではトヨタ自動車がホンダに先駆け、1996年に米メーカーと共同開発したプロペラ機用のピストンエンジンで、米連邦航空局(FAA)から製造認証を得ている。しかし、採算面から事業化は中断したままだ。

「夢の力」で飛躍してきたホンダの原点を再確認

 ホンダが事業化に歩を進めたのは、採算性やリスクを総合判断してのことだが、創業以来の「夢」の実現は、従業員を鼓舞する無形の価値となる。吉野氏は社長時代に、コーポレートメッセージとして「The Power of Dreams」を設定した。集結した社員の「夢の力」がホンダを飛躍させてきたという原点を再確認するためだ。

 大企業になって、ともすれば各人が失いがちな「夢」の存在を、前社長が航空機エンジンの事業化に託して問いかけている。

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