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宮田流、時間活用術の極意

  • 宮田 秀明

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2006年8月18日(金)

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 8月が近くなると、よく聞かれる。

 「夏休みはどうされますか?」

 やはり、大学には長い夏休みがあると思われているらしい。

 2000年にアメリカズカップの仕事が終わってから、今年こそは1週間ぐらい夏休みを取ろうと思い続けているのだが、まだ実現したことはない。これは東京大学の工学部では珍しいことではないというか、標準的な教員の姿に近い。全体的に昔の方が優雅だったと思う。先輩教員には、8月いっぱい“自宅研修”と称して長野の別荘に滞在する方もいた。

“3ない”で時間をひねり出す

 1998年から翌99年にかけて、私の忙しさは極限に達していた。98年はアメリカズカップ艇の開発の最終局面だったし、この年の7月から始めた工学部システム創成学科の設立作業では私が中心にいた。

 通常の講義と研究もある。芝浦工業大学の非常勤講師も務めていた。これは性分なのだろう。どれも手を抜くことはできなかった。だから、まず“3ない”を決めた。

 「学会活動をしない」
 「テレビを見ない」
 「国際会議には出ない」

である。

 内外の研究者仲間にはご無沙汰したが、学会や国際会議に出なくても、世界一流レベルの研究活動はできるものだ。

 99年の春から夏にかけては、ニッポンチャレンジのベースキャンプが愛知県蒲郡市にあったので、私は毎週水曜日の合計22回、蒲郡市へ通った。

 セーリングテストの後、夜8時からは現地で技術ミーティング。そして翌日、木曜日の朝8時半からは東大でシステム創成学科設立準備委員会の会議があった。私は委員長だった。前日遅く豊橋のホテルに入り、始発の“ひかり”で東京へ出勤していたのだ。22回のうちの3分の1くらいは、自らハンドルを握って往復500キロを走った。

 95年のアメリカズカップでは、1年間にサンディエゴへ11回出張し、2000年のアメリカズカップでは、1999年の9月から4カ月間に5回ニュージーランドへ出張した。約6年間、ほとんど極限の時間の使い方を実行した。

 そうして2000年春にアメリカズカップが終わった。だからといって暇になったわけではなかった。研究室の人気はますます上昇して学生が殺到し、プロジェクトマネジメントやMOT(技術経営)や経営科学の新しい仕事が加わった。

 それでも時間のない中、この年に自己流の水彩画の趣味を始めた。

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