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初代カローラ開発の長谷川龍雄氏による「主査10ヶ条」

  • 池原 照雄

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2006年8月29日(火)

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初代カローラ
「MEGA WEB」(東京都江東区)に展示された「カローラ」の初代モデル

 トヨタ自動車の「カローラ」が今年11月で発売40周年を迎えるのを機に、東京都江東区の同社施設「MEGA WEB」で、初代から現行9代目までのモデルを一堂に集めた記念展が始まった(10月1日まで)。日本のモータリゼーションをリードし、生産世界1になろうとするトヨタの発展を支えた歴代モデルの勢揃いは壮観だ。カローラといえば、初代の開発主査で元専務の長谷川龍雄さん(88歳)の功績抜きに語れない。

 長谷川さんは1939(昭和14)年に東京帝大の航空学科を卒業して立川飛行機(戦後、新立川航空機などに分割)に入社した航空機の開発者だった。終戦直前には当時の陸軍から「B-29」迎撃用の高高度戦闘機「キ-94」の発注を受け、開発の全権を持つチーフデザイナーとなった。

 結局、試作の段階で終戦を迎え、長谷川さんは失業する。トヨタ自動車(当時トヨタ自工)から声がかかったのは翌46年だった。十数年前、既にリタイアしていた長谷川さんを取材した時、終戦直後にトヨタは失業していた技術者を200人くらい採用したと聞いた。

他社にも普及したカローラの主査制度

 トヨタ自体もやがて大争議に向かう厳しい時代。長谷川さんは「豊田喜一郎社長の姿勢に驚きと敬意を持った」と振り返っていた。52年に初代クラウンの開発が始まると、豊田英二専務(現最高顧問)は初めて、「主査」制度を導入した。開発のすべてに責任を持たせ、1人のリーダーに任せる仕組みだ。長谷川さんはサブの「主査付」に任命されたのだが、主査制度の導入に航空機開発でのチーフデザイナー制が参考にされたのは間違いない。

 その後、「パブリカ」の開発を経て、いよいよカローラの開発主査になるのだが、申し出てゴーサインが出るまで1年かかったという。国民所得など経済も勉強して「ファミリーカーの時代が来る」と感じ取っていた長谷川さんは、このままでは後れを取るとジリジリしていた。

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