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私を“Sir(サー)”と呼ぶ、同い年の教え子

留学生外交、孤軍奮闘記

  • 宮田 秀明

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2006年10月6日(金)

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 30代後半のころ、計算流体力学というコンピューターサイエンスの1分野でトップを走っていた私は、大袈裟に言えば世界中から引く手あまただった。

 例えば、ドイツのハノーバー大学、イタリアの国立船舶研究所、中国の中国船舶科学研究中心などからは数週間、あるいは数カ月滞在して教えてほしいという申し出があった。もちろん費用は全部先方持ちだし、俸給も出る。

 その他に、国際会議や欧州連合(EU)の会議などに招待講演の依頼もあったし、米国の技術コンサルタントからは「サバティカルリーブ(職場を離れて研修や別の仕事をすること)で1年間出張して、この会社で働かないか」という提案もあった。プラザ合意以前で円安だったので、年収が3倍ぐらいにハネ上がる提案だった。

幹事長に就任したイタリアの弟子

 それでも、あまり長期間は研究室を空けられないという理由で、オファーのほとんどは断らざるを得なかった。結局、海外渡航で実現したのは、国際会議を除けばローマでの2週間半と中国無錫での3日間だけ。短い期間だったが、それでも朝から夕方まで、1日8時間みっちり教えた。

 ローマ郊外の研究所では、毎朝9時に地下鉄の駅にエスポジト君という若い研究者が車で迎えに来て、夕方5時に送ってくれる。無錫ではかなりの“VIP”待遇を受けた。朝夕の送迎と、ホテルでの昼食の往復に運転手つきの車が用意されていた。

 毎日、私につきっきりで通訳するのは黄山君という英語のうまい若い研究員だ。私が英語で話して、彼がそれを中国語に訳す。驚いたのは、私の講義を受ける研究員と大学院生の予習のすごさだった。講義の前に私の主要論文は全部読んでいるので、質問が大変的を射ている。

 こうしてイタリア人と中国人と師弟関係を結ぶことができた。日本と同様に儒教の影響を受けた中国の人々はもちろん、よく言えば“おおらか”、悪く言えば“いいかげん”な国民性のイタリア人にとっても師弟関係というものは大切なのだ。ローマの教え子の1人だったカンパーナ君は、20年たった今年、船舶流体力学関連の有力な国際会議の幹事長を務めている。20年前にこの国際会議で発表できるイタリア人はほとんどいなかった。幹事長に就任するに当たって、彼は私に言ってくれた。

 「あの時はありがとうございました。おかげで僕らは、国際レベルにまで成長できた。今年は、絶対ローマに来てくださいね」

 教育者冥利に尽きるというものだ。

 話は変わるが、バングラデシュ工科大学の助教授を日本で受け入れて1年間指導した時のことだ。

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