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氷上のF1マシン、ボブスレーで
オリンピックにチャレンジ

  • 河岡 徳彦

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2007年2月21日(水)

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 現在の自動車メーカーは24時間体制で、世界各国の拠点と密接に仕事をしています。1990年代前半にマツダが米フォード・モーターとの業務提携を強化した頃、当時まだ30代後半だった役員のマーティン・リーチは元気を通り越して、よく早朝(真夜中)の2時半からデトロイトとテレビ会議を行っていました。

 「残業」というと日本では夜のイメージですが、欧米の自動車メーカーでは当たり前のように、朝早くから仕事をします。私が独オペルに在籍していた頃、“残業”はもっぱら早朝に始まっていました。私も夏場は5時半に、冬場は6時頃によく出社したものです。ドイツの冬は8時半頃にやっとうっすらと明るくなります。ですから、ほとんど真夜中に出かけるのと変わりありません。

 余談になりますが、冬場の早朝には、車に乗り込む前に数多くの儀式をこなさなければなりません。真っ暗な中で、まずフロントウインドーの氷をスクレイパーで削り落とします。スクレイパーだけではとても取れないので、熱いお湯をかけて溶かします。ドアハンドルにも残ったお湯をかけて、鍵穴の氷を溶かします。

 さらに暖気運転しながら、できるだけ坂のない通勤道を選んで車を走らせます(皆さん同じ思いなので、道路は渋滞します)。屋外でのプレゼンテーションがある日は滑りやすいので、グリップ力のある靴をはかなければなりません。寒い国の人たちにとっては当たり前の儀式なのでしょうが、なかなか慣れませんでした。

ボブスレーのデザインは空力測定から

 さて、そんな冬のドイツで人気の高かったスポーツがあります。当時、日本ではまだなじみの薄かったボブスレーやルージュです。特にボブスレーは特設のアイスリンクで滑走するため、そのスピードの速さは見ているだけでも楽しいものでした。

 オペルは車の販売促進を兼ね、ドイツのボブスレー団体「ジャーマン・ボブ・アンド・スレー・アソシエーション(DBSV)」に援助していました。そのつながりで私たちは、1980年に米国のレークプラシッドで開催される冬季オリンピックに向けて、西ドイツチームのボブスレーをデザインすることになったのです。

 ボブスレーについて全く知識がなかったので、ドイツ南部のリゾート地ケーニヒゼーに視察に出かけました。歴史の古いアイストラックです。1周が1250メートルと短いのですが、フィニッシュ手前にループが設けられており、ボブスレーが1回転するのが印象的でした。

 当時からボブスレーはスイスや旧東ドイツが断然速く、カッコ良さも抜きん出ていました。特にスイスは赤地に白い十字の国旗を配したモダンなデザインで、遠くからでも一目で分かります。疾走する姿は、真っ赤なカラーリングを守り通すフェラーリのF1マシンにも似た趣きがありました。

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