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「奇跡のエアハブ」を開発した浪速のエジソン
~中野鉄工所・中野隆次

(第1回「ものづくり日本大賞」特別賞受賞者)

  • 内田 丘子

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2007年2月20日(火)

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 正式な名称は「自転車用タイヤ自動空気補充装置」。中野さんが開発したのは、自転車タイヤへの面倒な空気入れがいっさい不要という、驚きのハブ(車輪の中心軸)だ。このハブの中には回転式のエアポンプが内蔵されており、ペダルをこぐだけで、前後のエアバルブに、専用チューブを通して緩やかに空気が充填される。しかも、3.0 気圧という常に軽快なタイヤのベスト空気圧を維持するものだ。空気入れの手間をなくしただけでなく、これによってタイヤは磨耗から守られ、寿命は約20%延びる。奇跡のエアハブ、その開発の源には、「誰にもつくれない製品を開発する」という中野さんの執念があった。


 今や「浪速のエジソン」と呼ばれる中野さんが、この開発に取り組み始めたのは2001年12月のこと。発端は、自転車メーカーの販売担当者との、ちょっとした世間話だった。

 「ユーザーが困っていることって、パンク、盗難、さび、結局この3つなんだよね」。この道一筋50年近く、ひたすらハブをつくり続けてきた中野さん。何かの啓示だったのか、これを聞いて開発魂に火がついた。

パンクの原因は空気圧。ならば「走りながら充填できればいい!」

 そもそも、パンクの原因の70%以上は空気圧の問題。その適正値は「3」だが、使われている実態は2気圧以下がほとんどである。こうなるとチューブがリム(車輪の枠)に強く当たって圧迫されたり、タイヤとチューブの摩擦によってパンクしやすくなる。ゴムタイヤは特性上、ほっておけば空気は抜けていくし、かといってマメな空気入れも面倒なもの。ならば、ハブ内にポンプを内蔵することで常に空気を補充することができないか、中野さんはそう考えた。

 手づくりの試作品を携えて、ブリヂストンに持ち込んだのが約半年後。「ワケの分からんもん、持ってきたなぁ」との反応に、「だまされたと思って…」の応酬。中野さんの常識を超えた発想は、すぐには理解されない。

手前のセットが、開発された新型ハブ。奥にある“棒状”のものが従来品。こんなに様変わりした

手前のセットが、開発された新型ハブ。奥にある“棒状”のものが従来品。こんなに様変わりした (写真:マツラヒデキ 以下同)

車輪の中心軸部分。この小さな部品の中に、回転式のエアポンプが内蔵されている

車輪の中心軸部分。この小さな部品の中に、回転式のエアポンプが内蔵されている

 しかし試してみると、実際、画期的であった。その後は、製品化に向けて走行耐久性、雨対策などの厳しいテストを繰り返し、その都度改良を重ねてきた。

 あまりに厳しいテスト環境に、途中、あきらめざるを得ないような挫折感を何度も味わった。たとえば雨対策など、ユーザーの使用状況としては考えられない設定だが、5時間豪雨の状態で耐えられるか…という具合。最初のテスト結果では、どうしても内蔵ポンプが水を吸い込んでしまう。社内の開発担当者と頭を突き合わせ、ときには他メーカーの技術者にも相談し、それでもクリアするまでに5カ月を要した。

 前後車輪のハブ内に、独自のカムによる回転運動で動作するエアポンプを内蔵するのに成功するまで、さらに1年。テスト販売を経て量産に至るまで、2年超の道のりとなった。

ハブ専業の生き残りを懸けて

 自転車部品製造のピークは1990年前後で、この時代は、自転車が年間に800 万台近く生産されていた。しかしそれ以降は減少の一途で、昨今はすっかり輸入ものが主流になっている。

 この業界も例外ではなく、中国との熾烈なコスト競争で、かつては国内に10社あった自転車用ハブの専業メーカーは消えていき、残ったのは中野鉄工所だけ。ハブ専業メーカーとしては国内唯一、貴重な存在である。

 だが、その状況下で踏ん張るにしても、このままでは「損をしながらつくっている」わけで、座して死を待つ…という話だ。勝てない価格競争を前に中野さんが決意したのは「誰にもつくれない、絶対的に付加価値のある製品を開発すること」。

 すさまじい執念があってこそ。その結果、世界初のメンテナンスフリーの自転車が実現したわけだが、これは、生き残りを懸けた中野さんの戦いでもあった。

工作機械とアイデアが開発の両輪

 後継ぎの修業として、子どもの頃からこの工場に入っていた中野さんは、機械、道具類の改造・工夫を大得意とする。1975年、工場を現在の大阪府堺市美原区に移転したのに伴って、業界に先んじてハブ製造のFA(ファクトリーオートメーション)化を推進し、無人化ラインも完成させたのも中野さん。当時、業界の注目をずいぶん集めたという。

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