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いつまでも、生意気な青二才でいたい

続・彼らが日本企業を選ばなかった理由

  • 宮田 秀明

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2007年3月16日(金)

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 前回のコラム「彼らが日本企業を選ばなかった理由」には、読者の皆さんからたくさんのコメントをいただいた(前回の記事はこちら)。温かい応援や助言も、厳しい意見も、100件を超えるコメントは来春社会に飛び出すA君とB君にはよい社会勉強になったに違いない。この場を借りてお礼を申し上げたい。

 A君、B君と同じように、私も生意気な大学院生だった。当時は、2人が大学院に入る前に学んだシステム創成学科ではなく、船舶工学科だったので、彼らのように経済や産業、経営などの広範な知識はなかったが、技術者として自己実現してやろうという気持ちが私を生意気にしていた。

 もう35年前になる。私は石川島播磨重工業(IHI)(7013)の入社試験を受けた。指導教官を通しての「研究所に別枠で」という提案を断って、入社試験を受けた。研究ではなく、設計の仕事がしたかったからだ。

“ジェットエンジンの神様”から受けた薫陶

 筆記試験の後で面接があった。5人の試験官の真ん中に座っていたのは、永野治副社長(当時)だった。戦後、日本の政界・経財界で揃って活躍した永野6兄弟の末弟で、日本のジェットエンジン開発のご本尊のような方だ。国産エンジンの開発に成功し、日本の航空機エンジン産業を育てた。

 面接では、永野副社長にIHIの設計者を志す理由を聞かれた。私は答えた。

 「創造的な仕事をしたいからです。商業をやっている父も見ていましたが、とても創造的とは思えませんでした」

 厳しい反論が返ってきた。

 「商業が創造的でないというのは間違いだ。ラヴォアジェ(注)も言っているが、すべての仕事には必ず創造的なことがあるはず。商業だって同じだ」

 その時は納得できなかった。まだまだ生意気な学生だったのだ。

 晴れて新入社員になり、基本設計部に配属となった。この配属も「まずは製造現場に行け」という人事部を生意気にも説得した結果だった。おかげで、IHI時代の5年間に様々な仕事の経験ができた。もし人事部の言う通りに、工場の詳細設計から社会人経験を始めていたら、私の人生は全く変わっていただろう。

 基本設計部では、開発が中心的な仕事だったが、ルーティン業務が回ってくることもあった。受注船の設計が多かったが、完成した船の試運転も少なくなかった。ちょうど45万トンや48万トンの巨大タンカーブームだったこともあり、呉を出航して九州を2周して帰ってくる5泊6日の試運転もあった。

 ある船の試運転で、夜の佐伯湾(大分)の海上で長さが360メートルもある巨大船に乗船しなければならなくなった。

(注)ラヴォアジェ=質量保存の法則などを発見したフランスの化学者、アントワーヌ・ラヴォアジェのこと

コメント31

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