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泥臭い現場を失わせるもの

論文執筆を目的にすることの愚

  • 宮田 秀明

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2007年4月13日(金)

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 先月、私にとって29回目となる卒論生を研究室から送り出した。

 30年前に助手として着任してすぐに、4人の学生の卒業論文を指導した。当時、研究室はあまり人気がなかったこともあり、私が指導することになった4人は、決して成績がいいとは言えなかった。でも、明るく元気な学生ばかりで、楽しく研究生活を過ごせた。

 最初の学生たちとのつき合いは、酒を飲むことから始まった。夕方になると、彼らは私を連れて大学の正門前に行き、タクシーを止める。そして、運転手に「歌舞伎町の花園神社の近くに」と言うのだ。当時は私も若く、彼らとあまり違わない年齢だったこともあるけれど、指導教官を連れてタクシーで新宿・歌舞伎町のスナックに乗りつけるような学生は、長い東京大学の生活でもあまり聞いたことがない。驚いたことに、彼らが行きつけのスナックは、私がサラリーマン時代に何度か訪れたことのあるスナックの上の階にあった。

上半身裸でツルハシを振るう卒論生

 その頃、研究室のコンパと言えば、まるでお通夜のようだった。だから、久しぶりに研究室のコンパがあると聞いた私は彼らにお願いした。

 「内容は任せるから、何かイベントをやって盛り上げてくれないかな」

 彼らは「いいんですか」という顔で胸を張ったものだ。

 「カラオケセット、持ち込んでいいですかね?」

 数日後に開かれたコンパは、いつものように静かに始まった。お通夜のような状況が20分くらい続いてからだったろうか。私の合図に応えて、Y君がマイクを取って立ち上がった。

 「今日のエンターテインメントはカラオケです。司会は私、Yにお任せください」

 このコンパがキッカケとなって、それ以降、私たちの研究室には活気が溢れ、毎年元気な学生が集まり、教育と研究が両輪になって進んでいった。私が最初に受け持った4人の学生たちは研究室の功労者である。

 しかし、彼らには、もう少し数理やIT(情報技術)の勉強をさせてあげられればよかったと、今になって少し後悔している。彼らの卒業論文の中味は、ほとんど肉体労働だったからだ。

 4人組の中でカラオケの司会をしたY君、そしてM君の卒論テーマは、新しく発見した自由表面衝撃波という波の特性を明らかにすることだった。実験用に長さ2メートルの模型船が3隻欲しかったのだが、研究費がなかったので研究室で製作することにした。粘土の型にパラフィンを流し込んで実験船を鋳造するのだが、この作業は何十年も行われていなかった。それを復活することにしたのである。

 だから、今でもY君で思い出すのは上半身裸になって、ツルハシを振るっている姿だ。粘土は一度乾燥してカチカチに固まってしまうと始末に負えない。それを壊すためにツルハシを使うのである。おかげでY君とM君の研究は、ほぼ1カ月間、完全に土木作業だった。ようやく3隻が完成したのは、卒論提出期限の1カ月前のことである。

コメント8件コメント/レビュー

自分も理学部出身ですが、地学という本当に泥にまみれかねない学科だったのでそれなりに泥臭い経験はつんだつもりで就職したら、やはり学生時代はよくも悪くもアカデミックだったのだなと痛感しました。企業では新入社員をいきなり企画部署に入れる場合もありますが、やはり数年はその企業のコアな仕事の現場に放り込んで仕事の仕方を叩き込むべきでしょう。だけどそれだけでは駄目で、身近な改善から構造的・本質的な改革を志向するような問題の見つけ方や分析力の基礎は大学時代に学んでおくことなのだと思います。(2007/04/16)

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自分も理学部出身ですが、地学という本当に泥にまみれかねない学科だったのでそれなりに泥臭い経験はつんだつもりで就職したら、やはり学生時代はよくも悪くもアカデミックだったのだなと痛感しました。企業では新入社員をいきなり企画部署に入れる場合もありますが、やはり数年はその企業のコアな仕事の現場に放り込んで仕事の仕方を叩き込むべきでしょう。だけどそれだけでは駄目で、身近な改善から構造的・本質的な改革を志向するような問題の見つけ方や分析力の基礎は大学時代に学んでおくことなのだと思います。(2007/04/16)

大学の研究室で泥臭い事をやる、それは企業でやる事と同じでは意味があるのか。何か違う物を付加してないと、やらないよりはいいが余り意味を感じない。企業の現場では、実地で鍛え上げる場は幾らでもあり、意識している人ならば、その程度の事は実施している。私見を言えば、大学でやるならば、幅広い視野の中で泥臭い事を位置付ける事が出来て、色々な角度から、その作業を見つめる事を身に着けさせる事だろう。そのような事が無い大学での泥臭い事は、余り意義を見出しえない。戦後も、企業によっては一年間、現場の工員達と同じ作業に従事させていた。忘却の彼方の事か。(2007/04/15)

確かに非常に現場は大切です。昨今は現場を忘れた困った人が多いのも確かですが、現場においても逆に目の前の事以外のことにも目を振り向けないといけないという意味で、どっちの目も欠けてはいけないと思います。例えば産学協同と言い目先の金になりそうな分野ばかり追いかけるのは大学としては問題でしょう。基礎研究や遠い先を見越した研究、純粋な知的探究心による研究など。一見何の役にも立たないような研究に見えても思わぬ副産物として非常に役立つ新しい発見もある。(2007/04/15)

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三品 和広 神戸大学教授