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手間と情熱をかけた教育の大切さ

  • 宮田 秀明

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2007年5月11日(金)

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 1985年はプラザ合意の年、私は37歳だった。この年の夏の終わりに米国を旅した。ワシントンDCでの国際会議に出席した後、大陸を横断して西海岸のロサンゼルス郊外にあるパサデナに向かった。カリフォルニア工科大学のK教授に、当時まだ12メートル級だったアメリカズカップ艇の設計案を説明するためだ。

 丸1日かけた説明の翌日は、サンディエゴにいた。有力な技術コンサルタント会社で、船の波のコンピューターサイエンスについて講義を行った。当時、私の研究室は船の波の研究では世界のトップクラスにあり、特に波のコンピューターサイエンスに関しては先頭を走っていた。

 ちょうどこの時期、カリフォルニア大学サンディエゴ校ではコンピューターセンターを建設中だった。今でこそ、コンピューターと言えば米国の方が先進的というイメージがあるが、当時は必ずしもそんなことはなかった。

 日本では、1970年代半ばから主要大学にコンピューターセンターを設け、周辺の大学と通信ネットワークで接続する仕組みを普及させていた。当時のコンピューターは、今からすればかなり処理能力が低かったけれど、大学間の通信ネットワークによる共同利用は先進的なものだった。日本のIT(情報技術)は、スタート時点では、米国からそう遅れたものではなかったと言えるだろう。

ドキッとした本質の指摘

 ロサンゼルスから日本への帰途、パンナム機で隣に座ったのは米国人の実業家だった。アングロサクソン系というよりは、少しフランス系のような風貌の穏健な紳士で、これから中国へ商談に行くのだという。なぜか気が合って、日本に到着するまでの約10時間、ずっと話していた。

 彼は初めての中国ビジネスなので中国の人も文化も分からず不安だったのだろう。中国について矢継ぎ早に聞いてきた。当時、私の研究室には上海出身の中国人助手がいたし、米国人よりは中国の歴史も知っている。だから少しは彼の不安を和らげてあげられたようだった。

 色々な話をしたのだが、今でも印象に残っているのは教育談義をしたことだ。私が大学の助教授だということを知って彼は言った。

 「教育で一番大切なのは、“patience”(忍耐)だね」

 教育の本質を突かれてドキッとしたのを覚えている。

 本当にそうなのだ。教育は教える側と教えられる側との尊敬と信頼の関係の上に築かれるものである。これは、教育に限らず、企業の中のプロジェクトチームの場合でもそうだし、行政と市民の間にも必要なものだろう。

 ただし、教育の場合は少し違うところがある。教育の対象が、まだ社会をほとんど体験していない発展途上の人たちだということだ。だから、尊敬と信頼の関係を構築する時に、企業や行政機関のような社会の合理性が伴わないことが多い。

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