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“あの音”、恥ずかしくありません?

TOTOのトイレ技術に見る日本的感性の繊細さ

2007年7月9日(月)

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 今さらかもしれませんが、我が国の生活のレベルは世界でもトップクラスとなり、日本人は犯罪という意味でも、戦争やテロという意味でも、世界で最も安全な暮らしを営める幸福を手に入れました。寒さをしのぐ衣服、そして空腹を満たす食事がとりあえず確保されると、人間は様々な形でさらに贅沢な欲求を感じるようになります。

 その贅沢は、豪華な衣装や食事を追い求める方向がある一方で、恥じらいを感じるという上品な方向にも進みます。「ちょっとした恥ずかしさを隠したい」という気持ち。これは、人間に固有なとても高次な贅沢の1つ。寒さに震え、食うにも困る状況では、どんなことでも恥ずかしいなんて言っていられません。「衣食足りて礼節を知る」なのです。

 その贅沢な欲求をストレートに満たすことを狙った「音姫」という有名な商品があります。名前は知らなくても、女性ならば皆さんどこかで使ったことがあるものです。今をさかのぼること約20年前にTOTOが発売した商品で、トイレの個室で水を流す「ジャー」という擬音を発生させて、用を足す時に出る音を掻き消してくれる装置です。恥ずかしさを隠す商品の代表例と言えるでしょう。

江戸時代から続く、“恥ずかしい”を隠すためのものづくり

写真1

TOTOの音姫。手をかざすと水を流す音が出る

 音姫が発売された1988年はバブル末期、デパートやオフィスビル内のトイレがきれいに整備されてきた頃。当時、女性は恥ずかしい音を消すために、トイレで平均して2.5回程度の水を無駄に流していたのだそうです。ですから、音姫に代表される擬音装置の導入は、オフィス単位やビル単位で見ると大変な節水効果であり、地球環境問題への貢献は計り知れません。

 ご存じのように日本のトイレは、世界でも類を見ないほど高機能になっています。1970年代に普及が本格化した腰掛け式の洋式トイレ界では、TOTOやINAXといったトイレ用品大手の優秀なる開発陣の手によって、あれやこれやの改善に次ぐ改善の連続パンチが繰り出されてきました。便座にヒーターを仕込んだり、お尻をシャワーで洗浄してみたり、人を感知して自動で蓋が開いてみたりと、その進化は目を見張るものがあります。

 洋式トイレの本家たる欧米のメーカーが、長年の間あぐらをかいてきた便器の世界で日本の“カイゼン”の底力を見せつけてきたわけです。このような細やかな使い勝手の改良にかけては、日本メーカーの強さは他を寄せつけません。ただ、私が今回音姫に注目したのは、こうした環境対策や利便性の向上における日本の強みを論ずるためではありません。背後に技術陣の血のにじむような苦労があるのは重々承知していますが、利便性の追求は、ある意味、技術開発にとっての既定路線で、開発者ならばいずれは思いつくであろう機能強化の域を出ないからです。

 音姫の開発には、利便性追求の域を抜けて、さらに一段、高次な次元に足を踏み入れた感覚を覚えます。ちょっとした恥ずかしさを隠すため、便器に擬音機能や脱臭機能をつけるという切り口は、もはや感性の領域としか言いようがありません。あの音を恥ずかしいと感じない開発者に、どれだけ高給を払っても絶対に出てこない、質的に違う機能なのです。私は、ちょっとした恥ずかしさにまで着目し、「こんなことまでする?」という嘆かわしいまでのこだわりで商品を開発するところに日本のものづくりの強さを感じています。

 実は、「こんなことまでする?」というこだわりのものづくりは、昨日今日出てきたものではありません。天下泰平な今日の平成期からさかのぼること300年、江戸時代に元禄泰平と呼ばれる穏やかな時代がありました。江戸幕府による統治によって民衆は泰平を謳歌し、爛熟文化が花開いた頃です。あまり知られていない話ですが、その頃の日本では、既に「音姫」的な道具が実用化されていたという事実があります。

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「“あの音”、恥ずかしくありません?」の著者

川口 盛之助

川口 盛之助(かわぐち・もりのすけ)

盛之助 代表取締役社長

戦略コンサルティングファームのアーサー・D・リトル・ジャパンにてアソシエート・ディレクターを務めたのちに株式会社盛之助を設立。研究開発戦略や商品開発戦略などのコンサルティングを行う。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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