糸井重里さんが、「ほぼ日刊イトイ新聞(以下、ほぼ日)」で「ベストセラーにならない理由が、わからない」と紹介した本があります。今年の4月に発売された、滑川海彦さんが、「Web2.0的な」ネットサービスについてまとめた『ソーシャル・ウェブ入門―Google、mixi、ブログ…新しいWeb世界の歩き方』(以下、『ソーシャル・ウェブ入門』)です。
彼がそこまでこの本に入れ込んだ理由はどこにあるのか知りたい、と思っていたところ、糸井さんから、筆者である滑川さんと、『ソーシャル・ウェブ入門』に触発された事柄について語り合いたいとの提案がありました。それを記事にしたのが今回の企画です。
この対談の様子は、8月28日から「ほぼ日」でも連載されています(リンクはこちら)。同じ対談を別の媒体がそれぞれの視点で紹介する、という試みです。「藪の中」になるかもしれませんが、「ほぼ日」と「NBオンライン」、それぞれの問題意識や文体の違いから、ネット、広告、そしてメディアの未来を立体的にとらえていただければ、と思います。
(聞き手:日経ビジネスオンライン 山中浩之 & 出版局 柳瀬博一 構成:深川 岳志)
―― まず糸井さん、筆者の滑川さんを前にして実に無礼な問いかけですが、見るからに地味なこの『ソーシャル・ウェブ入門―Google、mixi、ブログ…新しいWeb世界の歩き方』に、そもそもどうして興味を持たれたのでしょうか。技術評論社さんから献本でも?
糸井 いえいえ、これは自腹で、自分で見つけて買いました。
ずいぶん前に『インターネット的』(2001年、PHP研究所)という本を書いて、その中に僕の考えるインターネット的であることの特徴を書いているんですね。
1つはフラット、平らになるということ。それからリンクできること、つまり見えない人でもつなぎ合うという状態になっていると。もう1つはシェアする、価値のやりとりがお金を介さないでやれるようになる、この3つの要素を僕の考える「インターネット的」という言葉で表現しました。
インターネットというのは、この3つの要素を中心に発展していくもの。そして、この3つの要素を中心にして、人間が人間とコミュニケーションするための、新しいツールになるんじゃないか、ということを書いたんです。
滑川 なるほど。
糸井 今になってみれば、予言的な意味があったと思うんです。当時、インターネットがツール以上のものであるというふうに幻想的に語られていた部分が、だんだんメッキがはげまして、ただの道具じゃないかと。道具の向こう側とこっち側にいる人と人とが大事なんだということが、だんだん分かってきた。
それはいいのですが、それだけでは何とも説明しきれないいろいろなことが起こってきた。僕の中で一番問題意識があったのは、やっぱり「グーグル(以下Google)」だったんですよ。
Googleが登場したことの意味は、詳しい検索エンジンというところだけじゃないと思って、実際にGoogleがその後進化して、本性を表してくるプロセスを見ていると、「何か今までと違うぞ」と思ってきた。うまく説明できないけど、Googleの中には、ツリー構造じゃないものを感じていたんです。その気持ちが、わだかまりとしてずっとあったんですね。
―― 「ツリー構造ではない」ものですか。そもそもツリー構造とは?
糸井 任天堂の社長で岩田(聡)さんという、コンピューターに非常に詳しい人(笑)がいるんですけど、彼が僕にコンピューターを使いたいと言ったら教えてくれるという日があったんです。そのときに教えてもらったのが、大きく言えばチャートの作り方だったんです。
「例えば、人間というものがありますよね。人間には男と女がいますよね。男の中にはこういう人がいますよね」というふうに、大分類から小分類に分けていくという思考です。
―― 大本からだんだんと系統樹のように、整合性の取れた形で分類していく、という考え方ですね。
糸井 岩田さんは僕に、「そういうふうに思考をコンピューターの中に入れていくと、アイデアを出すときの助けになる」というようなことを教えてくれました。「楽しいでしょう?」って言われて、僕は、なるほど、と思ったんですけど、実は嫌だったんですよ、その整合性が。何だか知らないけど、嫌なんですよ。
ツリー化することで、ここに矛盾がある、とか、抜けた要素がある、とかがすぐに分かる。でも、「階層がどこでどう揃っているか」を無視するのが僕の発想で、その無視するところにこそ、面白いアイデアがある。
このことを岩田さんに説明すると、「ああ、そうなんですよね。それは、まだコンピューターの方が(人間の発想に)追いついてないということですよ」と言ってくれたんです。
整合性からは生み出し得ないものと、Google
糸井 岩田さんとのおつき合いはその後もずっと続いているんだけど、その話は断ち切れてしまいまして、「ツリー構造で物を考える」ということと、それから僕の、整合性のない、いわば「洞窟の真っ暗闇の向こう側から生首を引っ張り出してくる」ような仕事との間を、うまくつなぐ方法はないものかと、ずっと思っていたんです。
―― 「洞窟の真っ暗闇の向こう側から生首を…」とは、あれですか、論理的な整合性はないけれど、人をぎょっとさせる意表を突くモノを考えつく、ということですね。人間が出してくるアイデアは、ツリー構造だけではカバーできないということに、コンピューターとおつき合いして気がついた、と。
糸井 コンピューターの持つツリー構造と、その外側にはみ出す自分の、人間の考え方。その間にある違和感という、気がかりなものをそのままにしていた。
その違和感をGoogleは埋めるんじゃないか、少なくとも、「ツリー構造じゃないもの」を感じた。言語で説明はできなかったけれど。そうしたら、そんな最中に、滑川さんの『ソーシャル・ウェブ入門』という本に行き当たったんです。で、そこに答えがあった。「それはタグという考え方である」と。
―― 滑川さんは『ソーシャル・ウェブ入門』の中で「タグによる分類は、実体にヒモをつけておいて、ヒモを引っ張れば実体が引き出せるようにする方式だ。ひとつの実体に思いつくまま何本でも必要なだけタグ(ヒモ)をつけておくことができる。」(51ページ)と説明しています。tagをそのまま訳せば、荷札とか下げ札ですね。
糸井 例えばクジラは、ツリー構造で考えると「哺乳類」ということになっちゃうんです。だけど、海にいるわけですから、クジラは「哺乳類」の荷札も「海」の荷札も付けているんですね。イワシも海の荷札を付けている、アメフラシも海の荷札を付けている。
そうすると、アメフラシとクジラは魚屋さんの売り場では一緒にならないし、生物学的な分類でも同じグループには入らない。でも「海」という荷札を付けると一緒になる、これがタグの考えということですよね。
―― ツリー構造では出合うことのできないものが、タグの考えを取り入れた途端、関係を持つことができる。
糸井 僕の大好きなダジャレもそうなんですよ。つまり「カレー」と「辛え」という概念は、「カレー」という表記において同じ荷札が付けてあるので一緒になれるんです。
こういう一連のことが、「タグ」の説明を聞いた途端に、全部分かっちゃったの。
それで、これから全部タグにするぞと思った。
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