(前回から読む)
(この座談会の模様は「ほぼ日」でも紹介されています。リンクはこちら)
―― ネットは今、Googleモデル的なビジネスモデルで回っている。その先があるのか、もうそれ以外は絶対にないのか。
糸井重里(糸井) 分からないというのが本当に正直なところだと思うんですけど、これはレイヤーの問題だと思うんですよ。
糸井重里氏
現実に道を歩いているときに、自分の肉体だとか、街の様子だとか、あるいはレストランの繁盛だとか、芝居小屋の人の出入りだとか、そういうのを見ていると、どこでどことつながっているかが現実に見えないんですよ。
例えば僕が土曜日の夜に「パイレーツ・オブ・カリビアン ワールズ・エンド」を、六本木に見に行くと、お客さんが見事にいっぱいなんです。つまり300〜400人はいる。あの“愉快なだけの海賊映画”を観るために、席がたーっと埋まっていく。
映画の中にある整合性のなさ、それを見に来るお客さんたちがたくさんいる様子、というのは、Googleは取り切れないな、と。
Googleでは伝えられないレイヤーがある
―― 糸井さんのその発言も整合性があまりないような…
糸井 ええ、これは論証も整合性も抜きで言っているんですけど、「Googleの天下になる」という話をしているときと、あの映画館の様子はつながらねえなと。レイヤーが違い過ぎる。
じゃあ、何でつながらなくて、どうつながる可能性があるのかは言えないんですよ。だけど、それはさっき言った有限と無限の話で、どこまで行ってもGoogleって、情報を伝えたり、管理したりすること以上はできないんですよ。
―― 先日、Googleの日本法人の社長の村上憲郎さんから、ほとんど同じ話を聞きましたね。皆さん深読みしすぎだ、我々は便利な道具であること以上は考えていない…と。
糸井 Googleに任せておけば、あなたの会社の飲み物情報は世界中の人に届く可能性があるし、「俺にはこの飲み物が必要だ」とつくづく思わせることはできるかもしれない。だとしても、「飲み物を買いに行く」「飲む」「下痢をする」「おいしいと思う」、そこの、“現実のありさま”は、結局のところ、情報があふれ出しちゃうので、届かないんだと。
―― 身も蓋もなく言っちゃえば、Googleでさえ「すべての情報」を伝えることはできっこない。聞いてみると当たり前のことですが、なんだか忘れていますね、それを。
滑川海彦氏
糸井 そこを今、さっき言った情報の洪水と現実の人生の有限性とを混同させちゃって、みんな頭を抱えて答えが出ないんじゃないかと、僕は今、仮説として思っているんですけどね。
ライブに行くと人がいっぱいいるんですよ。情報としてレコードで同じデータは手に入るのに、絶対に満足しないんですね。あそこに可能性がある。
滑川海彦(滑川) ただ、ライブ感みたいな、現場に行かなきゃ分からないものがあるというお話はよく分かるんですけれども、それがオンラインに載っちゃったらGoogleの、あるいはAmazonの領域になっちゃうんですよね。そういう意味で言うと、載らない領域というのはどんなものがあるか。
―― 先ほどの私の疑問(「お金を払ってもその情報が欲しい」というムーブメントは起こり得ないんでしょうか)に帰ってきましたね。
例えば、最初から「クローズド」になっているものはどうだろうかと。「会員限定のコンテンツ(情報)に対して、お金を払って見てくれる人はどれくらいいるのだろうか」という話題が、仲間内で出ては消え、出ては消えしているんです。例えば仮に1000人、2000人、あるいはもしかしたら、1万人がお金を払ってくださるかもしれない。でも、見る人が少ないと、ウェブとしてはかえって影響力がなくなり、結果、目立たないから評価もされないし、儲からないんじゃないか。だいたいその辺で話が行き詰まってしまうんですね。
糸井 僕、それ、漠然と自分で答えを決めたんですよ。
何かと言うと、1000万人に伝わるかもしれないという情報を探すことではない。例えば30人しか喜ばなくて、情報なり、商品なりを出している側も、30人分しか作れないもの。世の中にあるものは、実はそういうものがほとんどであったはずなんです。
端的に言えば「これがうまくいったら、どこまでも儲かるぞ」という、増殖・増幅する資本主義の装置に入らないもの、なんですね。
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