• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

『ふるあめりかに袖はぬらさじ』で「メディア酔い」を考える

  • 須田 伸

バックナンバー

2007年12月11日(火)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 12月の歌舞伎座の夜の部のとりの演目は、有吉佐和子作「ふるあめりかに袖はぬらさじ」です。もともと有吉佐和子が文学座の看板女優だった杉村春子を主役のお園に想定して書いた脚本で、お園は杉村春子の当たり役となり、何度も文学座の上演で再演されました。現在では坂東玉三郎がお園を演じることが多く、今回の歌舞伎座での上演で玉三郎は9度目のお園役となり、ついに杉村春子を越えたのだそうです。

メディアが語ったことが「真実」になる怖さ

 筋書きをざっと紹介すると、愛する人と結ばれることができない我が身を恨んで自害した横浜の遊郭の遊女、亀遊が、いつしか幕末の時節の中で尊皇攘夷のヒロイン「攘夷女郎」に仕立てあげられていく様を、亀遊の姉とも言える存在だった芸者のお園を通じて描いた作品です。

 このお話で重要な役割を果たすのが「瓦版(かわらばん)」。遊女亀遊はカミソリで自害したのですが、外国人商人に売られるのをよしとはせず、辞世の句「露をだにいとふ大和の女郎花、ふるあめりかに袖はぬらさじ」と詠んだ(実際の亀遊は文字の読み書きができなかったのにもかかわらず)後に、親から伝わる懐刀を首に突き立てて見事に果てた、ということに瓦版によってされてしまうのです。

 事実がどうであったかよりも、みんなが望む筋書きにそった話しを伝えることがままある、というのは、今日のメディアにおいても、頻繁に見られることです。

 「宮崎勤幼女連続殺人事件」の報道において犯人の部屋に入った民放テレビのカメラマンが、山積みされた雑誌の中から猥褻な雑誌を選び出して一番上に乗せて撮影した、といった「やらせ」や、松本サリン事件の第一通報者の河野義行さんを犯人と決めつけたことによる「報道被害」など、そういった例は枚挙にいとまがないほどです。

「みんながそれで酔いたいこと」が提供される

 先日、北京五輪への出場を決めたサッカー五輪日本代表にしても、その直前に倒れたオシム氏のために五輪代表は戦い、そして勝ったという筋書きが、報道する側にあらかじめあって、試合中はそれに沿ったアナウンスをし、試合後にはその流れに則したコメントを選手から引き出そうというインタビューであったことを思い出します。

 「自分がオリンピックの舞台で活躍して、ヨーロッパのクラブチームから声がかかるステップの場所にしたい」といったコメントは許されないような雰囲気があり、それはサッカーという創造的なスポーツとは相いれない空気で、正直、嫌な感じがしました。しかし、それは実は我々一般の視聴者がそうした流れに乗ったストーリーに酔いたい、という欲求を持っているから、メディアが提供しているだけ、とも言えるかもしれないのですが…。

 サッカーであればまだ“罪は軽い”かもしれませんが、第二次大戦中の日本も含めて、戦時下のプロパガンダの多くは『ふるあめりかに袖はぬらさじ』的な、誇張とでっちあげによって国の進むべき方向までも誤らせてしまうことにもなり、笑って見過ごしてばかりにも行きません。

冷静に手口を見るためには、語る側になってみるのが近道

 では、どうすれば、プロパガンダ的なデマゴーグの流れに乗せられないようにするか、ですが、完全な方法はもちろん存在しないものの、自分が情報を発信する側にまわることが、クールな頭になるための1つの筋道だと感じています。

コメント1

「Web2.0(笑)の広告学」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

意外なことに、伝統的な観光地が 訪日客の誘致に失敗するケースも 少なからず存在する。

高坂 晶子 日本総合研究所調査部主任研究員