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優雅なフォルムを儲けに変えるしたたかな経営

オーストリアの老舗リーデルに学ぶものづくり(2)

2008年5月26日(月)

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 普段何気なくテーブルで目にする洋梨状のワイングラスは、わずか50年前にオーストリアのガラスメーカー、リーデル社によって偶然発見された奇跡のフォルムです。前回のコラムでは、そのフォルムに隠された驚異のメカニズムについて説明いたしました。

ワイングラスの洋梨状のフォルムは、オーストリアのガラスメーカー、リーデル社が偶然発見したもの。写真はリーデルの新シリーズ<ソムリエ ブラック・タイ>(写真提供:リーデル・ジャパン)

ワイングラスの洋梨状のフォルムは、オーストリアのガラスメーカー、リーデル社が偶然発見したもの。写真はリーデルの新シリーズ<ソムリエ ブラック・タイ>(写真提供:リーデル・ジャパン)

 グラスの口径や独特の曲線には、飲む人の舌の形を確定させたうえで、その舌に流れ込む液体先端の角度や形状を決める作用が秘められています。舌の表面に偏在する味蕾(みらい)の位置を念頭に置いて、最適化された液体の流し込み方を周到に計算した機能美の世界です。食材だけでなく器の方にも、本来の味わいを最大限に引き出すための機能を盛り込み得るという発見は偉大なものであり、まだまだ残された世の各種飲料品に展開できる研究開発の宝の山かもしれないというお話をいたしました。

 今回は、250年余りの長い歴史を持つリーデル社の歴史を振り返って、生き延びてきた秘訣、日本のものづくりが学ぶべき経営哲学やビジネスモデルについてケーススタディー風にまとめてみたいと思います。

 まずは同社の歴史を簡単にレビューしてみましょう。創業は1756年のボヘミアにさかのぼります。現在はチェコ共和国に属するボヘミアのズデーテン地方では、当時ガラス工芸が盛んでした。11世紀頃にアラブからベネチアに伝わったガラスですが、大量に燃料を消費する産業であったため、薪を求めて森林地帯へと拠点を移動せざるを得なくなっていきます。北上を続け、マイスター文化を持つ文化圏にたどり着いたところで有名なボヘミアンガラスが花咲くこととなりました。

 ガラス工房として始まったリーデル社は代々、リーデル家がオーナーを務め続け、今では第10代当主が社長責を担っています。オーストリアとプロイセンの7年戦争(1756~63年)で被災した街の窓ガラス特需で勢いをつけたことが、創成期の成長のきっかけだったと言います。

歴史に翻弄されながらも生き残ってきた老舗

 リーデル社には一貫して技術志向の社風が受け継がれ、シャンデリアなどのカット技術や、ビーズなどへの美しい彩色技術で常に美術工芸界の最先端を切り拓いてきました。世界で初めてウラニウム元素を発色に用いるなど、画期的な技術力は着実にトップブランドの名声を高めていきます。その後の産業革命期を通しても、研磨や成形の技術を磨き続け、戦時においては時の為政者にも利用されます。ナチスドイツ政権下においては、最先端の空域監視レーダー用のブラウン管を成型する技術の開発にも利用されました。

 冷戦時代に入ると、社会主義体制となりチェコスロバキア国営企業として資産や技術を取り上げられてしまいます。ここに至ってリーデル一族は世代を重ねて築き上げてきたものをすべて失います。お家再興を図ってオーストリアのチロル地方に本拠を移したのは1955年。その際には同郷でゆかりの深いスワロフスキー家の援助もあったということです。そして第9代クラウス・リーデルさんの時、ついに奇跡のワイングラスが誕生するに至った、というのが同社の沿革です。

 美術工芸だけでなく、戦後復興の窓ガラス特需やレーダー兵器軍需など、流石に老舗として生き延びてきた同社には、悲喜こもごもの沿革が偲ばれます。歴史に翻弄され続けながらも生き残ってきた同社には、日本のものづくりと共通する価値観が見えてきます。これらをまとめてみましょう。

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「川口盛之助の「ニッポン的ものづくりの起源」」のバックナンバー

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「優雅なフォルムを儲けに変えるしたたかな経営」の著者

川口 盛之助

川口 盛之助(かわぐち・もりのすけ)

盛之助 代表取締役社長

戦略コンサルティングファームのアーサー・D・リトル・ジャパンにてアソシエート・ディレクターを務めたのちに株式会社盛之助を設立。研究開発戦略や商品開発戦略などのコンサルティングを行う。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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中村 克己 元ルノー副社長、前カルソニックカンセイ会長