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戦前の建築が残り、戦後の建築が消えていく、という不条理

2008年8月28日(木)

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*本文中のイラスト(一部除く)はクリックすると拡大表示されます。

 「昭和モダン建築巡礼」というコラム名を見て、「戦前の洋館を訪ね歩く話かな?」と思った人がいるかもしれない。残念ながらそれはちょっと違う。いや、むしろそれとは正反対かもしれない。ここで「昭和モダン建築」と呼んでいるのは、戦後につくられたモダニズム建築のこと。レンガ積みのノスタルジックな建物ではなくて、コンクリート打ち放しだったり、総ガラス張りだったり、金属板で覆われていたりするような建物のことである。

 そんなの興味ないと言わず、せめて今回だけでも読んでみてほしい。実は近年、戦後のモダニズム建築、特に高度経済成長期につくられたものが猛烈な勢いで取り壊されているのである。“モダニズム建築危機の時代”なのだ。

 例えば、建築家・磯崎新の出世作である「大分県医師会館」は1999年に解体。村野藤吾設計の「名古屋都ホテル」は2000年に閉館後、解体。沖縄海洋博の会場となった「アクアポリス」(設計は菊竹清訓)は2000年に解体。いずれも建築の世界では、歴史の1ページに刻まれる名作だが、社会的にはほとんど話題にならないまま取り壊された。

イラスト01

 「戦前の建物は大切にされるのに、戦後の建物はいつの間にか壊されてしまう」──ある時、筆者は気づいた。申し遅れたが、筆者は「日経アーキテクチュア」という建築専門雑誌の編集者である。

イラスト02

 例えば最近、戦前につくられた建物が改修されるという話をよく耳にしないだろうか。その一例が東京駅・赤レンガ駅舎の改修工事だ。空襲で焼失した3階部分を復元する工事が現在、進行中だ。

 その一方で、東京駅からさほど遠くない八重洲1丁目にあった「旧日本相互銀行本店」は今年に入ってひっそりと取り壊された。この建物は戦後の日本建築界をリードした前川國男が設計したもので、1952年度の日本建築学会賞も受賞している。

イラスト03

 赤レンガ駅舎は、明治の建築家・辰野金吾の設計で1914年に完成した。辰野は教科書にも登場するような有名な建築家だし、何といっても赤レンガ駅舎は“東京・丸の内”のシンボルだ。老朽化したから、これを改修して命を延ばそうというのは正しい決断だ。

 しかし、1952年に完成した旧日本相互銀行本店も建築的な意義ではこれに負けてはいない。この建物はアルミサッシやプレキャストコンクリートパネルといった、現代のオフィスビルに使われている技術を先駆的に取り入れた“戦後オフィスのシンボル”なのだ。にもかかわらず、その解体はほとんど話題にならなかった。

 旧日本相互銀行本店の場合はそれでも50年以上使われたのだから、「寿命だったのだ」とあきらめもつく。しかし、今、猛スピードで解体されているのは築30年前後の「まだ使える」モダニズム建築だ。

 ではなぜ、戦後の建物はまだまだ使える状態なのに壊されるのか。

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「戦前の建築が残り、戦後の建築が消えていく、という不条理」の著者

宮沢 洋

宮沢 洋(みやざわ・ひろし)

日経アーキテクチュア副編集長

1967年東京生まれ。1990年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、日経BP社入社。日経アーキテクチュア編集部に配属。以来、建築一筋。現在は日経アーキテクチュアにて「建築巡礼/プレモダン編」を連載中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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