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「サラリーマン・クリエーター」としての方法論
メディア化する個人、企業にとって重要なこと

  • 須田 伸

バックナンバー

2008年8月19日(火)

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 先週の記事(私は二枚舌でしょうか?~匿名の価値を認めつつ、怖いとも思ってしまいます。 )に対して多くの反響をいただきました。ありがとうございます。

 あの記事を書くにあたって、掲載後に読者の方々から、「その通り、お前は二枚舌だろ」という多数の声が返ってきたら、ぼくはどう思って、どう答えるのだろうか? あるいは「そんな事はない、大半のネットユーザーは無意識にせよ意識的にせよ、あなたのように思っている」と多くの人から返ってきたら、ぼくはそこからどう発展させることができるのか? どっちに転んでも、どうすればいいのか、まったく見込みの立たないままに「エイヤッ!」と原稿を担当編集のY氏に送ったのでした。

 結果として、前回のあの記事は、ぼくの書いた原稿だけでは不十分で、読者の方々からのコメントをあわせて読んでいただき、さらには読んだ方がなんらかの感想を持って、それを新しいコメントや、ご自分のブログで表明することで、はじめて、ひとつの原稿として完成する、そんな記事だったのだと、後で自分の中で了解することができたのです。

 反響の内容は、賛否両論でした。「二枚舌だし、未熟だ」といった声もありました。「私が感じている課題と同じです」といった共感も頂戴しました。しかし、ぼくは反論や罵倒のような意見に対しても、ビビリませんでした。また共感に対して、手放しに喜ぶこともありませんでした。それよりも「あ、ぼくは、オープンでいける」という確信を持てたことによろこびを感じていました。

 そして、思い切ってジャンプしたことによって体感できたことを、再びこの場で共有することで、これからあらゆるものがメディア化する時代が本格化する中、大勢の方に参考になる議論が提示できるのではないか、そのように感じているのです。

ぼくはもちろん「ジャーナリスト」ではありません

 コメントの中で「ジャーナリストとしてこういう姿勢はどうか」といったご指摘を受けました。これに関しては、少し説明をしたほうがいいかなと思いますので、そうさせてください。

 結論から言うと、ぼくは「ジャーナリスト」ではありません。新聞やテレビのニュースは大好きですが、ぼくの経歴を見ていただければわかるように、大学を卒業して8年間、博報堂で広告クリエーターをしていました。その後2年間、ヤフージャパンでアメリカのヤフーが開発したコミュニティサービスを日本のヤフーにローカライズすることに関わり、約7年前に現在のサイバーエージェントに転じて、この会社の企業ブランドの構築と、インターネットメディアの開発に従事してきました。なので、ぼくのバックグランドには「ジャーナリスト」や「ジャーナリズム」といったものとの関わりは、ありません。

 しかし、日経ビジネスオンラインという場所で「記事」を書いている。この事実をもって、「だから君はジャーナリストなのだよ」と言われれば、そうかもしれないな、と思います。しかし「ジャーナリズム」「ジャーナリスト」といった言葉は、ぼくにとっては、むしろ窮屈な「タグ付け」なのです。

 なぜなら、ジャーナリズムといえば「客観性」「中立性」「普遍性」といった言葉が連想されるからです。しかしぼくの過去の記事を読んでいただけばわかるように、ぼくの記事は、「主観的で感情的」です。某出版社の知人からは「スダくんが日経で書いてるあの広告エッセイ、なかなか面白いよ」と言われました。この時、自分でも「あ、あれは、たしかに広告エッセイだな」と思いました。ぼくが興味をもったことを、感じたままに書いています。

 もちろん、ぼくがこの「Web2.0(笑)の広告学」で書いている態度は、自分の個人ブログに書いているような「昨晩、大人計画の芝居を見ました」といった「日記」とは違います。日経ビジネスオンラインというメディアに集う方々のためになると思われる原稿を書き、締め切りまでに編集者に原稿を送り、場合によっては修正の依頼を受けて加筆・修正をして、記事が掲載されます。いくばくかの原稿料も頂戴しています。

 ただそれでも「ジャーナリズム」とは違う、むしろ意識的にそこから遠ざかるようなことを書こうと、心のどこかで感じているのです。それこそが、この日経ビジネスオンラインで、「新しい広告、新しいコミュニケーションを考える」というテーマにふさわしいのではないか、と感じているからです。

 だいたい読者の方に「私は二枚舌だと思いますか?」と聞く態度そのものが、従来の「ジャーナリズム」とは真逆の行為でしょう。「記者はおまえだろ、記者が読者に自分のことを聞くなよ!」とお叱りを受けそうです。しかし、記者が記者であろうとすればするほど、客観報道に拘れば拘るほど、時代からずれていくように思うのです。

 もちろん、事実報道は大切です。「柔道の谷亮子、銅メダル」「台風が関東地方に接近中」「日銀が公定歩合を引き下げへ」など、こうしたニュースを報じるものがなければ、ぼくを含め多くの人々が困ってしまいます。しかし、情報発信するのは、もはや記者だけではありません。原稿を読み上げるのはアナウンサーやキャスター、それにコメントするのは今注目の芸能人や文化人、だけではないのです。

 「権力の監視」を本義とする、ジャーナリズムの精神や存在は社会にとって必要不可欠です。問題は「ジャーナリズムの精神を守ってるのは俺たち『だけ』だ」という、一部のマスメディアの誇りが、自家中毒を起こしている。毎日新聞の一件などはその典型だと思います。また、ブログなどで「炎上」と呼ばれる現象を引き起こす記事がしばしば、従来のメディアで特権的に情報発信をすることができる立場にいる人たちによって書かれてきた、という事実も決して偶然だとは思えません。

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