• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

これぞ「品格」、3人のスター建築家の競演

~国際文化会館(1955年)、東京都港区六本木~

2008年9月11日(木)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

*本文中の写真とイラストはクリックすると拡大表示されます。

 前回の巡礼地、高崎からいったん東京に戻り、今回からしばらくは、東京のど真ん中にありながら行った人が少ないと思われる戦後建築を取り上げたいと思う。


写真:鈴木愛子

 まずは、「国際文化会館」である。六本木ヒルズから南東側に徒歩数分、「鳥居坂」の細い坂道を東洋英和女学院中・高等部に向かって上っていくと、左手に国際文化会館はある。初めて訪れた人は、六本木にこんな静かな環境が残っていたのか、とびっくりするに違いない。

 この施設は、「3人のスーパースター」が共同で設計した建物として知られる。3人とは前川國男(1905-1986年)、坂倉準三(1901-1969年)、吉村順三(1908-1997年)である。といっても建築にそれほど興味のない人なら「1人も知らない」こともあると思うので、3人のプロフィルを簡単に紹介しておこう。

 前川國男は1928年に東京帝国大学建築学科を卒業し、渡仏。ル・コルビュジエの設計事務所に入所する。1930年に日本に戻って、アントニン・レーモンドの設計事務所に入所(※レーモンドは、前回取り上げた群馬音楽センターの設計者)。1935年に自分の事務所を構え、戦前・戦後を通じて日本建築界をリードした。

 前川は「技術」を重視した堅実な作風で知られる。例えば都内にある建物でいうと、上野駅前の東京文化会館(1961年)、新宿の紀伊國屋書店ビル(1964年)、丸の内の東京海上ビル(1974年)などを思い浮かべてほしい。ビジネスマンのためのトリビア情報を加えておくと、「前川リポート」で知られる元日銀総裁の前川春雄は、前川國男の弟である(國男は長男、春雄は三男)。

 坂倉準三も「東大→ル・コルビュジエ」というプロフィルは前川と同じ。前川よりも年上だが、コルビュジエ事務所に入ったのは、前川が日本に戻った後の1931年。1937年に開催されたパリ万博の日本館を設計して、名を馳せた。戦後の代表作は鎌倉市の鶴岡八幡宮境内に立つ神奈川県立近代美術館(1951年)。池に浮かぶはかなげなデザインは美術好きの大人をうっとりさせるものだが、その一方で、子どもが大喜びしそうな怪獣風の体育館(市村記念体育館、1963年)を設計したり、SFチックなホテル(箕面観光ホテル、1968年)を設計したりと、作風は幅広い。1つのやり方にこだわらない、遊び心に満ちた建築家だった。

 吉村順三は3人の中では一番年下だ。1931年に東京美術学校(現・東京芸術大学)を卒業し、レーモンド設計事務所に入所した。この時、事務所の先輩に前川國男がいた。独立したのは太平洋戦争が始まった1941年。戦後は東京芸大で教鞭を執りながら、個人住宅を中心に設計活動を展開した。箱根ホテル小涌園(1959年)や奈良国立博物館(1972年)など、和風モダニズムの建物を得意とした。

 さて、本題の国際文化会館である。館を運営する財団法人国際文化会館は、国際文化交流を目的として、1952年にロックフェラー財団などの支援で設立された。この施設は1955年に完成。宿泊施設、会議施設、レストラン、図書室などで構成される。

 「3人のスーパースターの競演」と聞いて、どんな派手な建物かと思って足を運ぶと、期待を裏切られる。もちろん、良い意味でだ。建物の全体を見ても、細部を見ても、それぞれの建築家の「我(が)」が全く感じられないのである。


コメント3件コメント/レビュー

「坂倉準三も「東大→ル・コルビュジエ」というプロフィルは前川と同じ」と書かれてますが、坂倉準三は「東京帝都大学文学部美学美術史学科卒業」であり、「建築学科」卒業ではありません。渡仏以後に建築を本格的に学び始めた(コルビュジェの勧めでパリ大学技術学校を経てコルビュジェのアトリエに入所した)ので、前川國男と同じプロフィールではありません。むしろ「門外漢から建築へ」といえるプロフィールです。ジャーナリストたるもの史実に正確にあるべきで、ユニークなエッセイと思っていただけに残念です。(2008/10/14)

「昭和モダン建築巡礼 ビジネスマン必見編」のバックナンバー

一覧

「これぞ「品格」、3人のスター建築家の競演」の著者

宮沢 洋

宮沢 洋(みやざわ・ひろし)

日経アーキテクチュア編集長

1967年東京生まれ。1990年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、日経BP社入社。日経アーキテクチュア編集部に配属。以来、建築一筋。現在は日経アーキテクチュアにて「建築巡礼/プレモダン編」を連載中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

「坂倉準三も「東大→ル・コルビュジエ」というプロフィルは前川と同じ」と書かれてますが、坂倉準三は「東京帝都大学文学部美学美術史学科卒業」であり、「建築学科」卒業ではありません。渡仏以後に建築を本格的に学び始めた(コルビュジェの勧めでパリ大学技術学校を経てコルビュジェのアトリエに入所した)ので、前川國男と同じプロフィールではありません。むしろ「門外漢から建築へ」といえるプロフィールです。ジャーナリストたるもの史実に正確にあるべきで、ユニークなエッセイと思っていただけに残念です。(2008/10/14)

昭和モダン建築巡礼の本は持っていますが、ウェブで再構成された記事も面白く読んでいます。他の方のコメントが読めるのも楽しいです。モダン建築が好きな人もいれば、嫌いな方というのも当然いるわけで、前の方のコメントは興味深かったです。(2008/09/20)

この手のモダン建築が、はっきり言って大嫌いです。理由は、私の職業にあります。舞台照明の自営業です。仕事場は、市民会館、県民会館、文化ホール、何とか記念体育館ホール等、実に、このモダン建築が多かった。見てくれだけ良くて、作りはペケペケ、使い勝手最悪。極端に柱が少ない、巨大な空間で、欧米の伝統ある劇場を手本にすれば、べらぼうな金額が掛かる。この手のデザイナーの出番だったのでしょう。このコラムも、「庭園にマッチするデザイン」とか、見てくれだけの評価で、機能のことは何も言及されていない。日本のホールは、機能を含めて良くなってきたのは、ここ12年前ぐらいからです。早くなくなって貰いたいというのが、本音です。(2008/09/11)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

お客様が低価格に慣れてきている。

片岡 優 ジェットスター・ジャパン社長