IT(情報技術)システムの開発には、要件定義が欠かせない。要件定義とは、ベンダーが顧客のニーズをとらまえて、必要な機能を決定していく作業に当たる。ここをしっかりと作りこんでおかないと、後々、「あの機能が足りないから追加してほしい」「なぜ不要な機能がついているのか」など、システムの仕様変更につながる。この時、ベンダーと顧客、どちらが負担するのか――。情報サービス産業協会『情報サービス産業白書2008』によると、ベンダーの37.6%が「再見積もりを行い、契約額を変更する」としているのに対し、顧客は45.2%が「契約額は変更しないまま、仕様の変更・追加に応じてもらう」としている。これがベンダーと顧客がもめる要因になり、ITを存分に活用できない事態を招く。
男性は女性に比べて買い物が早い。こんな定説があるらしい。本当かどうか定かでないが、確かに妻に比べれば、私も買い物は早い方だと思っていた。しかし先日、特に明確に欲しいものが決まっていない時、自分は買い物にどれくらい時間をかけているか、改めて計ってみたら、予想外に長時間を要していることに気がついた。
このコラムの原稿は、いつも大体3000字前後を意識して書いている。報告書であればせいぜい2〜3ページといったところで、その程度の業務文書であれば、せいぜい1時間もあれば完成する。しかしこのコラムの原稿はいつも遅れに遅れ、担当編集者を悩ませている。今、この原稿も、恥ずかしながら一晩かけて書いているところだ。
何が時間や効率を左右するのだろうか。いくつか理由はあるだろうが、大きい要因として挙げられるのは、やることが事前に明確になっているか、ということだろう。買うべき物がすでに決まっていれば、それこそ出かけるまでもなくインターネット通販の数クリックで済む。書くべき事が定まっていれば、書く作業自体に時間はかからない。いずれも当たり前のことではある。
何もかも急ぐ必要はない
一方で、物を買った後でも、本当にそれでよかったのか。あるいはWebサイトに掲載されたコラムも、表現や主張は正しかったのか。少なくとも私の場合、そんなことをついつい振り返ってしまう。これは私だけではないらしく、例えば自動車のような高額の耐久消費財の場合、購入後にその選択が妥当だったことをサポートするためのコミュニケーションが、実はマーケティング上で極めて重要となるそうだ。
前回を含め、これまでのコラムでも「何をしたいのか」を明確にすべきだ、という話をしてきた。しかしこれは何も、「したいこと」をいついかなる時も即断しなければならない、というわけではない。もちろんそうした状態は理想だが、人間誰しもそれほど完璧というわけではない。最終的にすべきことが定まればいいのであって、急いで決められないのであれば、あれこれ悩みながら、許される限りたっぷり時間を要していいはずだ。
IT(情報技術)システムの開発でも同じこと。しかし現実には、ITは企業の競争力に直結すると声高に叫ばれている割りに、初期検討の段階は必ずしも重視されていない。それこそ、プロジェクトを進める上で最初が肝心だということに理解してもらえるのであれば、この段階での検討作業にも予算がついてしかるべきだが、そうしたケースがなかなかお目にかかれない、というのが実情ではなかろうか。
一般にプロジェクトがスタートする前には、精緻な提案書を必要とすることが少なくない。特にプロジェクトが大型であればあるほど、提案作成の段階で相当細かに定義をして臨むことが多く、従ってそのための準備作業は膨大になるはずだ。この提案書作成作業、ほとんどのケースが「営業フェーズ」、すなわちクライアントから費用をもらわずに進めているように思う。
あまりにも当たり前の商習慣として、むしろ問題提起する方に違和感を覚えられるかも知れない。しかし営業という美名の下で、やっているのは価値の無償提供である。さらにいえば、「何をしたいのか」という一番脆弱で具体化していない段階の顧客の意志や需要を固めていく作業であり、プロジェクトの行く末を左右する重大事項である可能性もある。本来ならば、正当な報酬をもらってしかるべきところだろう。
「提案書に報酬」、うらやましい限り
実際、こんな話を聞いたことがある。欧州では、公共施設や都市計画などの大規模建築物に関するコンペの場合、最終候補者として数組が残ったら、最終的な採択結果を問わず、その数組全員に等しく報酬を渡し、最後の提案作業に入ってもらうケースがあるという。つまり、最終決戦の作業に関しては、すでにプロジェクトの実質的な一部であり、その段階で発生する作業に関しては、ボツになる案の作業に対しても対価を支払うのである。
私も案件でよく提案書をタダで書かされることのある者として、この話を聞いたときに、まず単純にうらやましいと思った。そして同時に、提案という作業の価値や、それを蔑ろにすることのリスクを理解しているのだということが分かった。特に建築の場合、その多くは息の長いプロジェクトであり、最初の「ダメ」がそのまま数十年保存されてしまうので、なおさらなのだろう。
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1975年生まれ。慶應義塾大学・大学院(政策・メディア研究科)修士課程修了。学生時代からネットビジネスの企画設計を手がけ、卒業後は三菱総合研究所にて情報通信事業のコンサルティング、IPv6やRFIDなど次世代技術の推進、国内外の政策調査・推進プロジェクトに従事する。2007年1月に個人事務所を開設。現在は戦略立案や事業設計を中心としたコンサルティングや、経営戦略・資本政策などのアドバイス、また政府系プロジェクトの支援等を提供している。クロサカタツヤ事務所代表、株式会社企(くわだて)代表取締役。

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