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単行本『昭和モダン建築巡礼』では、終戦から高度経済成長期にかけて建設された全国57件のモダニズム建築を取材して回った。その中で「一番びっくりした建物はどれか」と聞かれたら、迷わずこの建物を挙げる。香川県坂出市の「坂出人工土地」だ。
坂出市は、ビジネスマンが出張でよく行くような都市ではないと思うが、高松駅から坂出駅まではJRで15分ほど。高松出張のついでに寄ってみたい。
坂出駅を出て、北に5分ほど歩くと、それは現れる。一見、普通の商店街と何ら変わらないように見えるが、視線を少し上に向けてほしい。
「人工土地」である。文字通り、人工的につくった大地である。約4000坪の広い人工土地が地上6〜9メートルの高さに生まれている。つまり、通常の2階の屋根ほどの高さに「第2の大地」がある。「第2の大地」の上には1〜4階建ての市営住宅が立ち並ぶ。そして大地の下には商店街がびっしりと軒を連ね、縦横に道が通る。
よく駅前の百貨店などに、駅の改札階と空中でつながる「ペデストリアンデッキ」というものがあるが、あれとは発想が全く違う。ペデストリアンデッキは、建物の周りにくっついているものであって、デッキの上に百貨店が載っているわけではない。対してこの人工土地は、それ自体が自立した構造になっている。実際、上部の市営住宅は1960年代後半から4期、20年間にわたって段階的に建設された。
もともとこの一帯は、市の中心部でありながら、過度な住宅密集地域で道路事情も悪かった。これを一気に解消する大規模再開発の計画が持ち上がり、全国でも類例のない人工土地のアイデアが採用された。
この日本住宅史上最大の実験とも言えるプロジェクトを設計したのは大高正人氏。大高氏は1923年生まれ。東京大学大学院修了後、この連載でも何度か取り上げた前川國男建築設計事務所に入所。 39歳で独立し、大高建築設計事務所を設立した。
大高氏は昨年亡くなった黒川紀章氏らとともに、「メタボリズム」という建築運動をリードした1人だ。肥満の意味の「メタボ」ではない。ここでいうメタボは「新陳代謝」の意味。建築や都市を「生物」になぞらえ、変わらない骨格部分と更新可能な部分に分けて計画する、という考え方だ。1960年代から70年代にかけて盛り上がったムーブメントで、その考え方は世界の建築界に影響を与えた。
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