*本文中の写真とイラストはクリックすると拡大表示されます。
日経アーキテクチュアの連載「昭和モダン建築巡礼」で最初に取り上げた建物は、宮崎県都城市にある「都城市民会館」である。前回、この巡礼シリーズの中で最もびっくりしたものとして「坂出人工土地」を挙げたが、いろいろな意味で筆者にとって「最も印象深い建物」がこの都城市民会館だ。
この建物の存在を知ったのは、日経アーキテクチュアの編集部に配属されて5〜6年たった頃だ。たまたま雑誌で見た写真に衝撃を覚えた。「ハ、ハリネズミ!」。カマボコ型のホールの外側に、門形の鉄骨が扇子を広げたような格好で取り付けられている。変わった形の建物はそれまでにも数多く見ていたが、これほど突飛な造形は初めて見た。
門形の鉄骨は、もちろん飾りではなく、ホールの大屋根を吊る構造部材である。放射状に見える部分は、斜めの柱だ。なぜ柱を垂直に立てずに、放射状に立てたのか。設計者によれば、地盤の良くない敷地であることから、柱が受ける荷重を放射状の“かなめ”部分に集約して、地盤全体への影響を小さくしたのだという。この建物を設計したのは菊竹清訓氏(1928年生まれ)だ。
菊竹氏は前回紹介した大高正人氏らとともに「メタボリズム」をリードした1人である。前回の繰り返しになるが、メタボリズムは「新陳代謝」を根幹に据えた建築思想で、都市や建築を生物になぞらえ、変わらない部分と更新可能な部分に分けて計画する、という考え方だ。1960年代から70年代にかけて盛り上がったムーブメントで、その考え方は世界の建築界に影響を与えた。
1966年に完成した都城市民会館も、メタボリズム的な発想に基づいて計画された。客席の下部は鉄筋コンクリート造でがっちりつくり、ホールを覆う屋根は鉄骨造で軽くつくる。この建物では下部構造が「変わらない部分」で、上部構造が「更新可能な部分」だ。放射状の鉄骨で屋根を吊るという方法によって、上下の構造の対比を見た目にも明確にしている。海外のデザインの教科書にも載るような、建築的評価の高い建物である。
いつかは実物を見たいと思いつつも、都城は“出張のついで”に行くには微妙な場所だ。宮崎駅からJRで約1時間かかる。東国原英夫知事の効果で観光地として評価を高めている宮崎県だが、当時はわざわざ自腹を切って行く気にはなれなかった。ならば、正々堂々、この建物を取材に行こう。それで企画したのが、この「昭和モダン建築巡礼」だった。
冒頭で、筆者にとって「最も印象深い建物」と書いたのには、いくつかの理由がある。この建物が巡礼企画の発端になったということが1つ。そして、もう1つは、現地で聞いた衝撃的な話と、その後の曲折だ。
次ページ以降は「日経ビジネスオンライン会員」(無料)の方および「日経ビジネス購読者限定サービス」の会員の方のみお読みいただけます。ご登録(無料)やログインの方法は次ページをご覧ください。














