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戦艦大和や零戦は「システム工学」の産物

「総合化」と「システム工学」の力が戦前の軍事技術を支えた

  • 宮田 秀明

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2008年11月21日(金)

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 戦前の東京大学工学部船舶工学科は、航空学科と並んで人気トップの学科だった。船舶工学科の学生は3年生になると成績上位の5人ほどが当時の海軍に選抜されて海軍委託学生になる。様々な軍艦を設計し、軍事面の国際競争力を高めたのは彼らだった。

 大正時代には、欧州の設計の模倣しかできなかったのに、昭和10年代には様々な艦種で独自設計の成果から高性能の軍艦が誕生し、供用されていった。

 軍艦も工業製品である。優れた工業製品の裏には、優れた科学技術があるのが普通である。だから、戦艦大和を典型例とする優れた艦艇を送り出した裏には、優れた科学技術が1930年代の日本にあっただろうと想像するのが自然である。

 しかし、事実は全く違うと言っていいだろう。

日本に優れた科学技術があったわけではない

 私は29歳の時、東大に転職し、船の設計を中心的なテーマとする船舶工学第一講座で仕事を始めた。その頃、研究室が過去に取り組んできた研究の歴史をひも解いて分かったことは、明治20年代の学科開設以来、昭和初期まで、論文になるような研究成果は皆無だということだった。

 ようやくまともな論文が現れたのは、昭和12年になってからだった。だから、日本における造船関係の研究成果が日本の軍艦の設計に役立った例はほとんどないのだ。

 日本の軍艦の設計に用いられた技術のほとんどは、欧州から輸入したり真似をしたりしたものだった。例えば戦艦大和の艦首の水面下にある球状の突起である。球状船首と呼ばれていて、今でも商船に採用されている。もっとも、今では球状のものはほとんどない。はるか後の1980年頃の私の研究室の研究によって薄型の長く突き出たものに取って代わられた。

 戦艦大和の艦首の形の設計は、当時の海軍の技術者がドイツを訪れて、ドイツの設計を真似した結果なのである。当時のドイツの学者バインブルム氏がこのような形状の効果を論文で予言し、ドイツの商船設計者が客船に応用したことを現地視察などで学び、その類似形を目黒にあった海軍技術研究所でテストを重ね、大和級などの軍艦に応用したのだ。軍艦だけでなく、航空機の設計でもそのような例が多い。

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