(前回から読む)
前回の記事「日本の今の住宅は、80年前の米国に及ばない」では、私が想像していた以上に反響があり、正直驚きました。コメントをお寄せいただいたおかげで、日経ビジネス オンライン読者の関心分野を少しは理解できたかと思いますので、今後もできるだけ、皆さんの疑問に答えるような形で、コラムをお届けしていきたいと思っています。
さて今回は、前回の最後で触れた「住宅ローンの日米の差異」について話を進めてまいります。
日本の新築住宅の多くは、購入した途端に、その価格価値が1割も2割も下がってしまいます。生涯賃金の数割もの巨額の長期ローンを組んで思い切って購入したのに、なぜそんなことになるのか、納得いかない方も多いはずです。これは、日本の住宅ローンや住宅価格の決め方が、世界から見れば特異で変則的な仕組みとなっている点が大きく影響しています。
長期の住宅ローン誕生は世界大恐慌の後
そもそも、「長期の住宅ローン」がいつ“策定”されたかご存じでしょうか。
これも実は、1929年の世界大恐慌の後に端を発しています。33年に就任したフランクリン・ルーズベルト米大統領によるニューディール政策により、それまで5年の延べ払いだった住宅ローンが、20年の延べ払いに大幅に拡大されたのが、事実上の「長期ローン」の誕生でしょう。このおかげで、多くの人が住宅を所有しやすくなりました。これは当時としては画期的な住宅行政として評価されるとともに、ニューディールの要であり、米国らしいダイナミックな改革でした。
世界大恐慌の際、それまで年間60万戸以上建設されていた住宅の戸数は、1932年にはわずか9万戸まで落ち込んでいたので(最近の数値では年率62.5万戸)、このような行政が行われました。もっとも、これほどの大胆な住宅復興政策が実現しても、住宅建設の完全な回復までにさらに10年近い年月を要したことから、世界大恐慌の最も手痛い打撃を被ったのが、不動産・建設業であったことが分かります。
ニューディール政策での「20年住宅ローン」の融資条件の根底をなすのが、まさに初回のコラムでご紹介した、1928年に開発に着手していた「ラドバーン」地区の開発条件でした。

「20年住宅ローン」が初めて適用されたとされる、米国ニュージャージー州の「ラドバーン地区」
借り主の責任が限定されるノンリコースローン
ここで大事なのは、新しい融資条件がノンリコース(借主責任限定型)であった点です。ここが、米国と日本の住宅ローンの仕組みで昔も今も最も大きな違いであると言っていいでしょう。
私が1994年、米国のハワイ州、ホノルルの郊外にある中産階級向け住宅地の家をローンで購入した時に、銀行からは勧められましたが知人には「生命保険に入る必要はないよ」と言われました。その時は何のことか理解できなかったのですが、それがまさにノンリコースを意味していたのでした。もっともこの時点では、プライムローン(信用力高い個人向け住宅融資)のみで、サブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)という仕組みはありませんでした。
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