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米国のモデルとなった英国の住宅事情

企業城下町からガーデンシティーへ

  • 澁谷 征教

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2009年2月26日(木)

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 これまで3回にわたって米国と日本の住宅ローンの歴史と経緯についてお伝えしてきました。米国のノンリコース(借主責任限定型)による住宅ローンの記事に対しては、その生い立ちと効用について、多くの方々よりご意見を頂きました。最もご理解いただきたいのは、ノンリコースが前提で企画された分譲地づくりと住宅の建築が、資産価値を持続する街並みを支えてきた点です。

 一方、個人のクレジット(信用)を中心とした住宅ローンが主流の日本では、街づくりも住宅の建築も「販売が中心」となるため、目先の流行を取り入れたデザインで開発・建築され、普遍的な街づくりがなし得ませんでした。欧米で言うところの借主と貸し手の責任が、借主だけに偏ることになってしまったのです。そして貸し手が建築に対して興味を持たないことにより、住宅は資産価値を維持するというよりローン期間中だけ住めればよいといった結果となり、安易な住宅づくりとなってしまったのです。

 もちろん他にも要因はあったにせよ、まず1929年の世界大恐慌後に米国で策定された25年住宅ローンの契約条項に、住宅以外に担保を取ってはならないといった法律が含まれたことが、確かな住宅と街づくりに極めて有効であったと思います。

 もっとも、それはすべての州で採用されたわけではありませんし、ローン条項に沿った条件に合う物件が対象でした。原野の一軒家にまで運用されたわけではありませんし、極端にモダンで個性的なデザインの住宅などでは、建築コストの半分程度しか融資されなかったのです。

 ところで、初回(日本の今の住宅は、80年前の米国に及ばない)にお伝えしたように、世界大恐慌の最中に開発された「ラドバーン」(米国ニュージャージー州)の住宅地づくりは、近代的な、つまり「長期の住宅ローン」策定の根源をなしています。その「ラドバーン」も街づくりの基本的な構成部分を調べていくと、英国の「田園都市計画」に学んでいることが分かります。今回はその英国についてご説明します。

英国で世界最初につくられた、郊外の分譲地

 19世紀後半、英国では鉄道の発達とともに、郊外に企業城下町が開発されました。当時、米国東部の幾つかの州で禁酒法が施行され、英国では大人の飲み物としてチョコレートが大流行、大量生産され米国に輸出され、手狭となったチョコレート工場が郊外に進出します。そして工場に働く人向けの住宅地がつくられました。それが、カドベリーやニューイヤーズウイックといった町です。


コッツウォルズの丘陵
15世紀前半に建てられた連棟住宅。ここカースル・クームは「不思議の国のアリス」の舞台になった町

 また世界で爆発的ヒット商品となった石鹸の「ラックス」を発売し、オランダの食品メーカーと合併して世界有数の消費財、食品企業となったユニリーバ(現在の総本部機構はオランダ)。リプトンやブルックボンド等の伝統ある英国の食品メーカーもそのグループ傘下に入ったこの世界企業が1900年当時、リバプール郊外に建設したポート・サンライトの町も大規模な企業城下町でした。リバプールは現在、産業が衰退、疲弊した町となっても、ポート・サンライトは現在、高級分譲地として投資の対象となっているようです。

 これらの企業のオーナー経営者は、産業革命によって資本家と労働者の格差が広がる中、宗教的人道主義により、工場に隣接した場所で豊かな街づくりを手がけました。プロテスタントの中でも新しい宗派(クエーカー教徒)の影響を受けた信仰心のあつい事業家が、自社で働く従業員と近隣の住民のために住宅地開発をしたのです。主に賃貸住宅でしたが、定年まで勤め上げると、退職金の代わりとして住宅を譲渡する方法も取られていましたし、近隣の住民のための住宅も建設しています。

定期借地権の分譲地

 そしてこれらの街づくりに刺激され、企業城下町でなく本格的な街づくりが行われました。これが、20世紀初頭に英国で「都市と農村の結婚」を目指した都市計画家エベネザー・ハワードが開発したガーデンシティーの分譲地「レッチワース」です。この街づくりは産業革命後の19世紀末から20世紀初めにかけて都市の過密化と環境公害が深刻な都市問題となった中で新しい街づくりの手本となりました。日本の田園調布や成城の街がこのガーデンシティーをモデルに戦前に開発されました。

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