「輝く北欧〜デザインで読み解く豊かさの秘密」

教育改革で「知識社会」へ転換

スウェーデンの生涯学習(前編)

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2009年3月27日(金)

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 「スウェーデンの最大の外貨収入源となる産業は何だと思いますか?」

 過日、聖心女子大学で開催された講演の壇上から、モハメッド・チャイブ教授(ヨンショーピン大学教授/スウェーデン全国生涯学習センター「ENCELL」所長)は聴衆に問いかけた。

 誰もがボルボやエリクソン、エレクトロラックスといった企業名を思い浮かべた時、意外な正解が明かされた。

モハメッド・チャイブ教授。教育分野におけるEUの政策、知識社会で生涯学習制度の抱える矛盾などにも言及された。

モハメッド・チャイブ教授。講演では教育分野におけるEUの政策、知識社会で生涯学習制度の抱える矛盾などについても語られた。

 「スウェーデン最大の外貨収入源は音楽産業なのです」

 確かにスウェーデンポップスは1970年代にアバの大ヒットがあっただけでなく、独特で新鮮なイメージを世界に発信しているし、最近のミュージカル映画でもアバ人気は再燃している。それに、北欧のジャズシーンは世界の注目を浴びて久しい。教授は、欧米のミュージシャンがスウェーデンで行うPV撮影による収益も膨大だと言う。

「工業社会」から「知識社会」へ

 「重工業は国を代表するイメージが強いですが、企業が大きくなれば工場を低賃金で勝る海外に移さざるを得ません」(チャイブ教授)。転出した国で雇用、製造し納税するのだから一昔前とは“国産”の意味も“国益”の本質も変わってきている。グローバル化の中で、コンパクトに最大の外貨の獲得できるのは知的・文化的産業、というわけだ。

 「これからの時代を担う知的産業の基礎となるのが、人が生涯を通して必要に応じて学び続けることを推進する生涯学習社会なのです」(同)。

 大量生産・大量消費、工場設備や低賃金労働によって支えられてきた「工業社会」から、資源の持続可能性を基本とした生産・消費、知的労働よって支える「知識社会」へ向けて、スウェーデン、北欧、そしてEUは大きく舵を取っている。

生涯学習とリカレント教育

 「生涯学習(Lifelong Learning )」とは、1965年にフランスの教育学者ポール・ラングランがユネスコで提唱した概念だ。第二次大戦の戦禍を被った国々がほぼ復興を終えたその時期、ラングランは、19世紀末から醸成されてきたヨーロッパの民衆教育の理念(詳細後編)を発展させて、人が生涯学び成長し続けていくことの重要性を説いた。

ヨンショーピン大学、教育・コミュニケーション学部にスウェーデン政府の予算によって2001年に開設された「全国生涯学習センター」。生涯学習の可能性、戦略、社会にもたらす影響など、あらゆる分野を研究している。

ヨンショーピン大学、教育・コミュニケーション学部にスウェーデン政府の予算によって2001年に開設された「全国生涯学習センター」。生涯学習の可能性、戦略、社会にもたらす影響など、あらゆる分野を研究している。

 ところが、第二次大戦に参加しなかったスウェーデンは(*1)復興にエネルギーを取られる必要がなかったため、60年代初頭から民衆教育の理念を具体化した「リカレント教育(Recurrent Education)」(*2)を発案し、振興策を取っていた。

 Recurrentとは「回帰」を意味し、政策は「誰もがそのライフステージに応じて労働から学びの場へ回帰、循環できる社会」を目指して進められた。

 1965年に成立した、25歳以上で4年以上就労している社会人の大学入学を推進する「25-4制度」(*3)や、74年に成立した、労働者の就学休暇と仕事復帰の権利を保障した「教育休暇法」(*4)は、リカレント教育政策の中で生まれ、現在も活用され続けている。

 充電(学習、休暇、育児など)を労働と等しく尊い社会活動とし、人々がその両輪で人生を歩んでいくことを推進してきたスウェーデン。旧来の「工業社会」から「知識社会」へ転換は40年以上の長い年月の中で準備されてきたとも言える。

(*1)スウェーデンはナポレオン戦争に敗戦した1810年以降、200年近く戦争をしていない。ナポレオン戦争での敗北で、当時連合下にあったフィンランドをロシアに取られて国民の不満は爆発。グスタフ四世は追放された。

(*2)リカレント教育の概念はスウェーデンの文部大臣だったオロフ・パルメが1969年のヨーロッパ文相会議で発表し、1970年にOECD(経済協力開発機構)が公式採用し、73年に参加国に向けて報告書が公表された。

(*3)1965年制定の「25-4制度」は社会人の大学入学条件に関する制度。25歳以上で労働経験が4年以上、後期中等教育(日本の高等学校)程度の国語と英語、それに専門分野の知識があれば大学入学を許可される。1977年より定員制のある大学ではこの条件を満たす者に定員の50%を割り当てることになった。ヨーロッパでは成人教育推進モデルとして注目されている。

(*4)1974年制定の「教育休暇法」は、同一雇用者の下で勤続6カ月、過去2年間に12カ月以上就労している被雇用者が教育を受けたいと望む場合、雇用を離れて勉強のために必要な休暇を取得する権利を保障している。復職する場合は雇用主は2週間(休暇が1年以上の場合は1カ月)以内に前職と同等の地位に復職させる義務がある。教育期間中の生活費は政府の教育ローンによって保障される。

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著者プロフィール

若井 浩子(わかい・ひろこ)

若井 浩子

1967年東京生まれ。白百合女子大学文学部卒業。『商店建築』『wind』(商店建築社)編集部、『リビングデザイン』(東京ガス リビングデザインセンター)副編集長、『セブンシーズ』(アルク)編集部を経てフリーランスに。伝統工芸、現代アート&デザイン、ライフスタイル、社会制度について国内、ヨーロッパ、北欧諸国に取材し企画編集を手掛ける。著書に『リテリング──フェルトアートの世界』(青幻舎)。



このコラムについて

輝く北欧〜デザインで読み解く豊かさの秘密

豊かな自然に恵まれた北欧諸国は、実は世界屈指の経済大国の集まりでもある。「世界経済競争力」(世界経済フォーラム)のランキングでは、フィンランドやスウェーデン、デンマークといった国々が上位に並ぶ。一方で、北欧諸国は環境や福祉への取り組みも世界トップクラスだ。北欧の経済、社会システムはなぜ世界の先端に位置していられるのか。風土に根ざした感性をベースとし、経済や社会システムと密接なかかわりを持つ「北欧デザイン」を通して、北欧の強さの秘密を探る。

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