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「人材力」を伸ばす国、伸ばせない国

中国やイタリアの人材教育に学ぶべき点あり

  • 宮田 秀明

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2009年9月4日(金)

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 1987年に上海から列車で1時間の都市、無錫(むしゃく)に3日半の間滞在した。この都市の郊外には中国五大湖のうちの1つ、太湖があり、観光地でもある。太湖のほとりに、中国の船舶研究中心という研究施設がある。その名の通り、中国の船舶研究の中心で、大きな実験設備があり、太湖が実験場として使われることもある。

 当時、30歳代の終わりでデジタル流体力学の研究の世界で先頭を走っていた私に中国の研究者が注目し、集中講義のために私を招いてくれた。「一週間でいいから来てほしい」という依頼を半分の期間にしてもらった。大学の研究室のことは助教授だった私がほとんどすべて仕切っていたから、忙しい日々が続いていた。

 中国民航機のエンジントラブルで飛行機が数時間遅れ、夜中に上海に着いた私は、迎えのL教授が他の乗客から調達した切符を持って、無錫行きの最終列車に乗ろうとしてプラットフォームを歩いていた。その時、後ろからものすごい足音が聞こえてきた。列車めがけて中国人の乗客たちが猛烈な勢いで走ってくるのだ。あわてて脇によけたのだが、日本の終戦直後にあったような、全く余裕というものがない荒々しい社会の一部が残っていた。

 無錫駅には当時唯一の国産車だった「上海」が待っていた。フォルクスワーゲンのビートルを真似たような車だ。どうも私はVIP待遇されているらしいことに気づいた。外国人観光客向けのホテルに泊まらされ、3食をここの食堂で食べ、午前と午後の2回、「上海」に乗せられてホテルと研究所の間を往復する。凹凸の未舗装の道をガタガタ揺れながらの約10分の行程である。

 毎日講義したのは船用の「デジタル流体力学」である。私が英語で話して、通訳役の研究員が中国語に訳す。通訳は、黄山という観光地の地名のような名前の若い青年である。

国を代表する研究者を養成するための方法

 私の生徒は、約20人の研究員と大学院博士課程の学生たちである。彼らは船舶工学を専門とする研究員やその卵だから、てっきり船舶工学科の出身だと思っていた。上海には戦前、日本が作った東亜同文書院が戦後、上海交通大学として生まれ変わり、その中に船舶工学科がある。江沢民前国家主席はこの大学の電気機械学部出身だ。以前から東京大学の船舶工学科と一番親しかった中国の大学は、上海交通大学だった。

 ところが、中国船舶研究中心という中国の最高峰の研究所の若手研究員たちには、上海交通大学出身者があまりいないのである。彼らのほとんどは北京大学など中国での大学ランキングのトップにある大学の出身者だった。これらの大学には船舶工学科がないから、出身学科は航空学科や応用物理学科や数学科だったりする。

 国を代表するような研究者を養成するために、最高級の人材を集めているのだ。それなりのインセンティブもあるかもしれないし、番号をつけられている中国の中心的な研究所は、一番人気の高い就職先のようだった。

 翌1988年にはローマに滞在した。

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