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クラウドコンピューティング全盛に違和感あり

ITは、ビジネスの革新や創造のためにこそ使うべき

  • 宮田 秀明

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2009年10月9日(金)

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 1989年1月の終わり、あと2週間後に卒業論文を提出しなければならない4年生のY君が私の席に来てこう説明した。

 「先生、どうも計算機シミュレーションの条件設定を間違えていたみたいです。スミマセン」

 Y君と相棒のF君は「波と船の非線形干渉問題」という難しい研究に取り組んでいた。しかも、私の管理する長さ90メートル、幅3.5メートルの水槽で膨大な実験を行う一方で、スーパーコンピューターを使った計算機シミュレーションも行っていたのだ。実験と計算機シミュレーションの両面から、船の作る波の非線形性を明確にするという大きなテーマだった。

 実験との一致が悪いので、計算機シミュレーションの再チェックを指示した結果、返ってきた答えがそれだった。

 「そうか、すぐに再計算しよう」

1時間1万円のスパコン使用料を払っていた時代

 当時の東京大学のコンピューターセンターにあるスーパーコンピューターの使用料は1時間当たり1万円だった。再計算すると50万円ほどかかる。しかし、やむを得なかった。大きな研究テーマだし、4年生にはキツすぎるぐらいの実験と計算機シミュレーションの仕事を与えたのに、黙々とこなしていくY君とF君に感心していたこともあった。

 彼らの研究成果は、その後、当時の海洋工学関係で一番権威のある米国の雑誌の論文として発表された。

 当時の研究室の研究費は年2500万円ほどだった。人件費や庶務的な経費が700万円、長さ90メートルの水槽と実験設備のメンテナンスや実験模型費が800万円、そして計算機使用料が1000万円である。この2500万円のうち国費から支出されるのはせいぜい年1000万円である。

 だから私は、小企業経営者のごとく営業活動を行っていた。当時の“営業先”は造船企業と自動車製造業だった。以来、研究テーマは違っても、研究スタイルは今も同じだから、私は東大に転職してからずっと30年間、小企業の経営者を続けてきたようなものだ。教員の人件費だけは国費なのが救いだった。

 1989年頃は、東大のスーパーコンピューターの利用代金支払ランキングが毎年公表されていた。1位は、天気予報や気候変動のシミュレーションを行っている理学部の気象関係の研究室だった。流体シミュレーションという点では、私たちと共通の研究テーマだ。そして長らく2位にいたのは私の研究室だった。

 計算機使用料を払うための資金集めは、私の研究室運営の主要テーマだった。しかし、1990年代に入ってからコンピューターの世界が変わってきた。ワークステーションの時代になりサーバーの時代になってきたのだ。

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