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グーグルは新聞を殺していない

「20%ルール」が変えた新聞とネットの力関係

2009年10月21日(水)

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 世界各地で新聞社が経営難に陥っている。長引く不況で広告が集まらないのが最大の原因だ。米国では、ロサンゼルス・タイムズなど複数の有力紙を発行していたトリビューン社をはじめ、老舗の新聞社が相次いで破綻した。

 もう1つの要因は、インターネットの台頭だ。気軽にウェブ上で記事を読めるようになったことで、読者と広告主が「紙」から「ウェブ」へ移住し始めた。破綻した新聞社は、この流れに追いつけなかった。米グーグルが提供する「グーグルニュース」がその流れを加速したと言える。

 日経ビジネス10月19日号特集「グーグル包囲網」の連動インタビューの第3回では、グーグルニュース開発者のクリシュナ・バラット氏に新聞とオンラインニュースの関係を語ってもらう。

(聞き手は日経ビジネス記者、小笠原 啓)

クリシュナ・バラット(Krishna Bharat)氏

グーグルニュース開発者
1996年米ジョージア工科大学でコンピューター科学の博士号を取得。99年にグーグルに入社する前は、米コンパック(現ヒューレット・パッカード)の研究所で、検索エンジンの「AltaVista(アルタビスタ)」の開発に従事していた。2001年にグーグルニュースの基礎となるプログラムを開発し、2002年4月から試験サービスを開始した。2004年、インドのバンガロールにグーグルの研究開発センターを設立し、1年半にわたりチームを率いた。現在の肩書きは「Principal Scientist(主要な科学者)」。(写真:林幸一郎、以下同)



 ―― なぜ、グーグルニュースを開発しようと思ったのですか。

 バラット きっかけは、2001年9月11日の米同時多発テロだった。テロが起きた後、米国だけでなく全世界のマスメディアはそのニュースを追いかけ、報道はテロ関連一色になった。

 当時から新聞やテレビはオンラインでニュースを配信していたが、更新されるペースに検索エンジンがついて行けていなかった。そのため、新聞社のウェブサイトを見ても簡単には情報が見つからず、とても効率が悪かった。

「20%ルール」があったからこそ、開発できた

グーグルニュースの画面

 バラット 私はインド出身で、インドの人々がこのニュースをどのように受け止めているか、非常に気になっていた。このままでは、人々はニュースの意味を理解しないまま放置してしまうのではないか。そんな心配をしていたんだ。興味のない情報を頑張って見つけようとする人は少ないから。

 そこで、様々なニュースへのリンクを1カ所にまとめることを考え始めたんだ。最初のデモは単純だったので、自分1人で開発できた。それが好評だったので、すぐにグーグル社内でチームが結成された。今は数十人が中核メンバーになって、開発を進めている。

 ―― グーグルは従業員に対し、自分の気に入ったプロジェクトに勤務時間の20%を充てることを認めています。グーグルニュースもこの「20%ルール」から生まれたのでしょうか。

コメント3

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「グーグルは新聞を殺していない」の著者

小笠原 啓

小笠原 啓(おがさわら・さとし)

日経ビジネス記者

早稲田大学政治経済学部卒業後、1998年に日経BP社入社。「日経ネットナビ」「日経ビジネス」「日経コンピュータ」の各編集部を経て、2014年9月から現職。製造業を軸に取材活動中

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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